振り返って、接吻
ひとりのときよりもずっと慎重に階段を降りる俺に、ちょうど耳元に息を吹きかけるようにして宇田が話しかけてきた。
「ねえ、ゆづ?」
「なに」
「ゆづって彼女のこと愛してる?」
「ふつう」
「それとも愛してしまったの?」
「はあ?」
意味のわからない問いのせいで立ち止まって振り返ると、思ったよりもすぐそばに宇田のぐちゃぐちゃな顔があってゾッとした。
すると宇田は、だーかーらー!と物分かりの悪い生徒に教えるみたいにお姉さんぶった口調になった。
「ゆずは、わたしのことを愛してるでしょう?」
「なんなの?オマエ」
「でも、その、愛してるは、愛してしまったとは違うもん」
「えーっと、は?」
「だって、愛してしまった、は、ロマンティックなときだけに使うやつじゃん」
泣きじゃくった宇田の鼻声が、鼓膜に直接流れてくる。話し方や声量はうるさくて嫌いだけど、宇田の声そのものは嫌いじゃない。
廊下ではすれ違う生徒も教師も俺らのことを興味深そうに見てくる。それもそうだ。全方位無敵の生徒会長は大泣きしたってばればれだし、しかもそれを背負っているのは無表情の副会長だし。
注目を集めることに慣れきっている宇田は、俺の背中でまだ話を続けている。ああ、もう。足をばたばたさせるなよ危ない、だろ。
「で、彼女のこと愛してしまったわけではないの?」
「ないよ」
「でも、キスしたりは?」
「ふつう」
「愛してしまったわけじゃなくてもキスするの?」
「さあね」