振り返って、接吻
ようやくたどり着いた生徒会室のドアを開けて、「ほら降りろ」宇田をソファベッドに投げ捨てる。予想通り、柔らかい生地が宇田を包み込んだ。
かなりゆったりとしたソファだから、生徒会役員が昼寝するのに使用しているだけで、ベッドではないのかもしれない。というか、茅根が勝手にベッド代わりにしているだけかもしれない。
宇田をそこに座らせて(寝かせて)、彼女が落ち着くまで作業でもするかと副会長の机に向かおうとした。
したけど、けっきょく立ち止まった。
「由鶴」
宇田が白く柔らかそうな腕をこちらに伸ばして、俺の名前を呼んだから。
それだけで俺は金縛りにあったみたいにその場から動けなくなる。宇田が横たわるソファの前で立ち尽くす俺は、相当間抜けな絵面だと客観的に思った。
見下ろす俺と上目遣いの宇田。珍しくもない構図だが、なんだか、今日はとくべつな空気が流れている。
宇田は折れそうに細い腕で俺の学生服の裾を掴み、お得意の笑みを浮かべておねだりした。
「彼女と、別れてよ」
俺はそれに間髪入れず、わかった、と答える。
考えるよりも早く、答えが出た。俺は宇田のわがままを聞いて、叶えてあげるのが生き甲斐だ。
でも、そのあと改めて言葉を噛み締めてみると、驚くほど甘美な味がした。じんわりと胃の中に花が咲くような多幸感。満たされていくような、感覚を覚える。
俺はこの言葉が欲しくて、この感覚を味わいたくて、恋人を作っていたのかもしれないとさえ思えた。
「ゆづは、どうして彼女つくるの?」
恋人に対して情のかけらもない俺に、宇田が心底不思議そうに問う。
ソファから投げ出した自分の生白い脚の威力なんて知らないこの女は、残酷なまでに自分のことだけを思いやっている。少し考えたらわかりそうなことも、平気で俺に訊ねてくる。
ああ、ちがう。
俺のことばで、俺に言わせたいのか。
「あのね、俺、男子高校生だよ。察しろよ」
砕けたせりふで、やんわりとかわした。
その小さな身体に自分の欲望をぶつけたいと、何度考えたことだろうか。くらり、目眩がする。