振り返って、接吻

夏仕様の学生服を着た宇田は、触れてはいけない、神聖な存在だった。


絶世の美女ってわけではないけど、圧倒的なカリスマ性がある。老若男女、宇田が微笑んだだけで従ってしまいたくなるような、常に宇田が正しいと思わせるような魅力。


まあね、宇田のご令嬢だから、何もしなくてもかなり大きな権力を持っているのだろうけど。それだけじゃなくて彼女自身が、間違いなく、上に立つ人間だ。



俺は、たまに思うんだ。

宇田と幼馴染なんかじゃ、なければよかったのにって。



「えろいことしたいってこと?」

「だとしたら?」

「わたしとすれば?」

「、は?」



ざーっ。雨が降りだした。想定内の夕立ち。

だけど、目の前の女は、やっぱり想定外のことを言う。

ぱちりと瞬きして、挑発的な発言の真意を探れば、彼女はくすっと悪戯っぽく笑った。


「ゆづって欲求が無いのかと思ってたよ、食べなくても寝なくても平気だし、欲しいものもないじゃん」


何もわかってくれないメロンソーダ色の声を聞いて、こんどは俺が泣きそうになる。


俺が宇田に対して抱いているのは、性欲なんかで片づけてはいけないものだ。そんな生温いものなら、とっくによそで完全に発散させている。。



征服欲、庇護欲、独占欲。名前も知らない黒い塊が、腹の奥に沈殿している。

それらが解消されることを期待して、恋人を作ってしまう。でも、実際はどうなのだろう。



「欲求、あるよ」



無防備に寝転ぶ彼女は、自分が俺に襲われる可能性は危惧しなくていいのだろうか。いくら彼女が武道の有段者でも、それなりの身体能力も筋力もある背の高い男に勝てるわけないのに。悪いけど、俺も有段者だし。
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