振り返って、接吻
えろいこと、なんて、かわいい響きでするようなことじゃない。たぶん、俺が快感を得るのは、自分の手でオマエを汚すことと壊すことだ。
「オマエにだけ、ある」
なんだか笑えてきた。先に進めることも、後ろに下がることもできずに、ただ滑稽なまま立ち尽くすだけの自分。
宇田に翻弄されているだけの俺は、ふつうの男子高校生だ。
好きな女の子を前にして、キスのひとつも、それどころか、俺と付き合ってくださいも告げることができない。
———たまに、考える。
もし俺が、深月の御曹司なんかじゃなくて、一般家庭に生まれたバスケ部員とかだったら。
この高校は難しい試験を乗り越えれば高校からの編入もできるから、俺は高校一年生のときに初めて宇田凛子と出会っていたかもしれない。
少しずつ仲を深めていって、たまにすれ違ったりもして、でもいつか告白をして、お互い初めての恋人になったりしたのかもしれない。
運命共同体ではないから、そのふたりには別れが来るかもしれないけど、それにしても、今よりはずっと良い気がする。
俺は、宇田の幼馴染なんかに生まれたくなかった。
綺麗な容姿、裕福な生活環境、親からの愛情、俺はなんでも持って生まれてきた。お金のかけられた教育によって、スポーツも勉強も難なくこなしてきた。
だから、宇田とずっと一緒にいることは、唯一にして最大の、幸福へのハンディキャップだ。
「由鶴、もうしばらく彼女なんていらないよ」
心地よいソファに仰向けに寝た宇田が、立っている俺を見上げて言った。
「由鶴の欲求のぜんぶ、わたしが満たしてあげるから」
その甘やかな声を耳に入れた俺は、音を立てて思考回路がショートするのを感じた。
そんな表情をするオマエが悪いんだ。
俺は、困ったように笑う宇田を見て、どうしようもないくらい興奮していた。ちかちかと点滅する理性と本能に溺れて、そっと宇田の二重まぶたに唇を落とす。
そこに、憧憬の念を込めたと知ったら、オマエは笑うだろうな。いいよ、笑えよ。