振り返って、接吻
一方そのころ宇田は、ひたすらパソコンと向き合っていた。報道に使われている自分の写真に納得がいっていないらしく、テレビ局に匿名でメールを送っているようだ。実際の社長はもっと美人、こんなに顔丸くないし、もっと首が長いし、鼻が高いのだそうで。
事実を報道すべきだという正義について、原稿用紙5枚分くらい語ってたから、宇田社長本人からだとは特定されないと思う。
テレビ局もさすがに、まさかこの粘着質な暇人が〝美人社長〟だとは思わないだろうから。俺も思いたくないしな。
まあ、そんな迷惑な報道がされまくっているおかげで社名と新商品の宣伝にはなりそうだ。まだまだ知名度を上げたいうちの会社にとってはありがたい話だし、そこまで宇田の計算内だとしたらやはり恐ろしい女だと思う。
カフェオレを注いだマグカップと、クッキーを盛ったお皿を宇田がノートパソコンを広げているテーブルの上に置く。快適そうなおやつスペースになったけど、忘れてくれるなここは俺の部屋だ。
ついでに進捗を確認してみようとパソコンを覗き込むと、宇田は自分の写真を選んでいた。
「これとこれとこれとこれ、どの写真のわたしがいちばん可愛い?」
「何に使うのかによる」
正直、どの写真も宇田だし、どれでもいい。俺にしたら、報道で使われているパーティーでの写真もそんなに変わらないし。
写真なんてそのものを写してるんだから、どれも自分だろって思う。そりゃあ、欠伸していたり、目を瞑っていたりしたら別だけれど。
「報道で使っても許す写真を添付しようと思って」
「それ、オマエが写真持ってたら匿名の意味ないだろ」
「ああ、たしかに!ハニーってやっぱり頭いい〜!」
それには特に返事もしないで、宇田の隣の椅子に腰を下ろす。
食事をするダイニングテーブルだから、正面に向き合うのが普通だけど、なんとなく隣に座ってみた。
「もう俺、ハニーじゃなくてダーリンじゃない?」
カフェオレを舌に馴染む温度まで冷まそうと息を吹きかけながら、俺はさらっと提案してみた。深月由鶴は猫舌である。