振り返って、接吻
表情不足な俺からもきちんと不安を読み取った宇田は、「ハニー」と俺を呼んだ。やっぱりそっちが慣れているらしい。
「あのねー、わたしの政略だからね?」
俺の考えなんて手に取るように分かるらしい宇田が、呆れたように言う。これだから、天才の幼馴染を持つと嫌だ。
「実家の権力拡大だとか、うちの会社を宣伝だとか、そんなしょーもないことに大事な由鶴を使うわけがないでしょうが」
どうやら、宇田社長の政略は、俺ごときの凡人には到底考えつかないものらしい。ふうん。
俺ばっかり分かんない。茅根には、宇田に任せておけば大丈夫って言われたけど、仕事は全部従うにしても、自分の結婚のことくらい俺だって関与したい。
無敵の宇田社長に男を立てろなんて言わないけど、すぐ後ろをついていくだけじゃなくて、たまにはいっしょに歩みたいって思うのは我儘なわけ?
拗ねてみせる俺に、宇田は「聞きたいことあるなら、黙ってないで聞きなよ」とちょっと語気を強めてきた。
「黙ってるだけで何でも思い通りになると思ってるの?由鶴、どこのお姫様よ」
「オマエこそ勝手に何でも進めていくけど、いつでも自分が正しいなんて思い上がるなよ」
「わたしが間違ってたことなんてないでしょ」
「ふたりの結婚だろ、俺の気持ちは無視するわけ?」
「じゃあなんでも聞けば?答えるから」
らしくない熱のある口論をして、俺はカフェオレをひとくち飲んだ。甘い。
この口論は、俺が自然に質問をぶつけるための会話劇だ。宇田なりの優しさは、珍しく分かりやすいものだった。