振り返って、接吻


そして、今日は美容の雑誌での取材があった。

化粧品会社の女性たちを起用するのは分かるけど、俺と茅根には需要がないだろう。と思っていたら、イケメン起業家特集みたいなものが組まれたらしい。うん、ここ笑うところだからね。


イケメンっていう枕詞の安っぽさが可笑しいけど、その後に続く“起業家”というパワーワードが胡散臭くてよけいに笑ってしまう。羞恥に耐えながら俺は適当にインタビューを終わらせた。


すぐ隣に座る茅根のインタビューが始まり、俺は今更茅根のプロフィールや趣味なんかに興味は無いので聞き流す。目新しい発見はないし、彼は意外にも、こういうところで正直に答えていくタイプらしい。

すると恋人がいないと明かした茅根は「社長と秘書でのロマンスはなかったんですか?」とか訊ねられた。しょうもないな、と俺は目を細めたけど、茅根は丁寧に言葉を選ぶ。


「宇田社長には、副社長っていう超完璧な幼馴染がすぐ隣にいるんですよ?勝てるわけないですし、わざわざ闘おうとも思いませんよ」


くすくすと柔和に笑いながら話す茅根は、さらに続けた。


「うちの上司たちは、お似合いだとか理想のカップルだとか、そんな言葉では足りない、絶対的なふたりなんです。同じ道を歩むべくして生まれてきた、運命共同体だと思っています」

「記者が、そんなおふたりの仲に嫉妬することはありませんでしたか?」

「ありましたよ。どれだけ一緒に働いても、話しても、時間を過ごしても、僕が溶け込めることはないんです。それが寂しく思うときもあったけど、でも、いまは、不器用なおふたりには僕が必要だって勝手に思っています」

「おふたりと茅根さんは、お仕事以外ではどんなご関係ですか」


調子づいた記者の方がさらに問い詰める。無口な俺では特集記事にならないと焦ったのかもしれない。

茅根は、相手のペースに持っていかれないように、きちんと言葉を選んで返した。

「社長とはずっと共に働いていますから、冗談も相談もできる仲です。副社長の由鶴くんとは学生時代からの友人ですからね、彼、落ち着いた大人の男性と思われているかもしれませんが意外とピュアで繊細な男の子ですよ」


俺は恥ずかしくなって、俯いた。だって、逃げ出すわけにはいかないし。

茅根はリアル王子様だ。中性的な顔立ちも、柔らかな物腰も、甘ったるい言葉の選び方も、人当たりの良い笑みも。自分には無いものだったから、羨ましかった。

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