振り返って、接吻
そんな彼は、俺らをいちばん近くで見守ってきて、何も言わずに信じてついてきてくれた親友だった。こいつの頭の中には、宇田社長への恋愛感情なんてきっと少しも無かった。あるのは、多大なる尊敬と信頼。
それなのに、幼稚な俺は、ふたりで過ごす時間に嫉妬していたりする。たとえそれが仕事であっても、いや、仕事であったからこそ。
仕事しているときの宇田が、いちばん輝きが強いから。
俺だけの宇田でいてほしい。物心ついたときから、俺はそんな仄暗い感情を抱いてきた。
転んで膝を擦りむいた幼い宇田が歩くと痛いと泣いて、俺がおんぶしてあげたことがある。そのとき俺は、このまま宇田が歩けなくなったらずっと俺の背中にいてくれるのに、と考えていた。
痛くてかわいそうにと泣きやんでほしい反面で、宇田の怪我が治らないことを願っていた。
俺がいなきゃおうちに帰れない泣く宇田は、すごくかわいかった。
もしこれが、いわゆる愛なのだとしたら、世の中で犯罪がなくならないのも納得できる。
俺は、宇田が罪を犯してもついていく。隠ぺいするなら協力するし、出頭するなら俺も共犯者になって一緒に行く。世間が何と言おうが、宇田が正義だというなら正義だと信じる。
だって、愛しているから。
でも、茅根は違う。きっと冷静に、止めてくれる。それはいけないことだと教えてくれる。そのためには自分の犠牲もいとわないだろう。
茅根は宇田を愛してないけど、誰よりも側で慕っているんだ。それは恋愛感情にすごく似ているけど、妙に異なるもので。
「宇田さんと由鶴くんは、上司であり、僕の親友です」
柔らかな声でありながらはっきりと、茅根は言葉を紡いだ。
「副社長はどこまでも社長についていくでしょう、だから俺は、社長がきちんと正しい道を選択できるようにお手伝いするだけです。
それが、全方位無敵な彼らの親友としてできる、唯一のことですから」
記者の方は、茅根の人誑しっぷりにまんまとたらし込まれていた。そのあと食事に誘っていたし。仕事が詰まっている茅根は断っていたけど。
どうやら俺らの記事は、6月号に掲載されるらしい。取材があったのは3月だから、かなり先のことって気がする。でも、この忙しさだとあっという間なのかななんて呑気な気持ちでいた。