振り返って、接吻
それから、なんとなく俺は茅根の行動を眺めていた。茅根用のミント色のマグカップを棚から取り出し、コーヒーマシンから液体を注ぐ。きちんと保温を切って、コーヒーマシンの一部を軽く洗い流してから元に戻した。
ここには簡易的な調理場がある。冷蔵庫もある。どちらも副社長室には無い。俺はしょせん副社長なので、給湯室に行かなければならない。
茅根は棚からフォークをいくつか(おそらく3本)取り出して、例の高級そうな紙袋とマグカップと一緒に接待用テーブルに歩いて来た。
「ふたりとも、お腹は空いていますか?」
質問した茅根は紙袋とマグカップとフォークをテーブルに置いて、宇田の隣に浅く座った。
「コーヒー飲んでるから甘いのほしいかなあ」
茶番かっていうくらい茅根が欲しがりそうな答えをした宇田に、想像通り彼はふんわり笑った。俺ら3人は、いつまでも、こういう空気でやっていくのかもしれない。
「奇遇ですね、ケーキを買って来たんですよ」
そう言った茅根が、袋から白い立方体の箱を取り出して、それをゆっくりと開ける。
いくつになっても、箱から何か出てくるときはそわそわして見守ってしまうものだ。俺も宇田も黙って熱視線を送ってしまう。