振り返って、接吻



とにかく、これが全国の書店に置かれていると思うと、めちゃくちゃ恥ずかしい。表に立つのは宇田の仕事だから、俺は裏で支える役目なのに。

意外とこういうのやっちゃうんだ、みたいなことを思われるのも恥ずかしい。秘書の独断です、副社長は嫌々やってます、ってきちんと明記していただきたい。


俺が不機嫌なのにも慣れっこなので、パラパラと雑誌を流し読みする宇田。『雨の日でも楽しくお出掛け!簡単ヘアアレンジ10選』のページを開いている。


「でもインタビューを読むのは副社長のいないところのほうがいいですよね?」

愉快そうにこちらを伺う茅根に、もうケーキは満足した俺は席を立つことにした。ご馳走さまでした、と手を合わせる。

だって、実際に俺の目の前で読まれたりするのはごめんだ。それこそ恥ずかしくて死ぬ。


雑誌に気を取られている宇田に、午後の約束を忘れて仕事なんかされると困るので、いちおう声をかけておかなければいけない。


「とりあえず、仕事片付いたらここ来るから」

「はーい、楽しみにしてるね」

「午後はそのまま空けておいてね」

「わかってるってば」


ちょっと面倒臭そうに返す宇田に、俺は顔を寄せてムッと拗ねてみせる。


「オマエ、俺に早く出ていけと思ってるだろ」

「あ、ばれた?早く雑誌読みたいんだもん」


悪戯がばれた子どもみたいに、ぺろりと舌を出す宇田。こういう仕草で嫌味がないのは宇田の特権だと思う。俺はわざと深いため息を吐いてみせる。

飲みかけの珈琲をわざと片さないまま、テーブルに置いていくことにした。洗い物をしてくれる茅根への些細なやり返しだ。

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