振り返って、接吻
「いえ、私はいつでも副社長の味方にございます」
「茅根は宇田にめちゃくちゃ甘い」
「宇田社長は、上司としては勿論、女性としてもどこにも隙がないお方ですからね」
「俺には隙があるって聞こえる」
「その隙こそが、副社長の魅力ある人間味ですよ」
寿退社には絶好のタイミングだし、転職しようかな。
きょうは長い1日になりそうだ。こんなに疲れているのに、まだ朝なんて。会話にひと段落ついて、毎朝のスケジュール確認が始まった。千賀が俺の机の前に立つ。
「本日は、午後から早退ですね」
「うん、大丈夫だよね?」
「はい、1日を通して本日は久々にゆっくりできます」
「千賀も休めるときは休んでね」
俺なりに気遣いの声をかけると、彼女は嬉しそうに頷いた。白いブラウスに濃紺のワイドパンツというシンプルで清潔な服装に、丁寧なアイメイクが映える。
「いつでも、万全の状態で貴方の支えになりたいです」
そんな部下のかわいい言葉に、俺は小さく笑った。
俺も、宇田に対してずっとそう思っていた。いや、明日からも思い続けるだろう。そして、いつのまにか自分もそんな上司になれていたのか。
「アイシャドウいいね、カーキ色似合うよ」
「え、あ、ありがとうございます、マスカラはネイビーにしてみました」
「うん、白目が綺麗に見えて良いね」
「そう、目元の透明感がですね、」
千賀は、楽しそうにメイクの話をし始めた。彼女は、基本的に社交性が足りない俺が1日のほとんどを一緒に過ごしている相手だ。
なんでも包み隠さず話す仲でもないし、というかプライベートは干渉しないけど、でも、毎日の表情の変化をすぐそばで見ている。