振り返って、接吻
だから、いろんなことを知っている。
たとえば、背が高いことを気にしている千賀は普段ローヒールを履くけど、大事な商談のときなんかは高いヒールを履くこと。そうすると、俺と並んで見栄えが良いし、年上を相手にしても見くびられにくいから。
たとえば、週に2日程度、ヨガに通っている。たまにふざけて、鳥のポーズとか披露するユーモアもある。真顔で変なポーズをとる千賀を見ると、絶対に笑っちゃう。
たとえば、定期的にダイエットをする。長続きしているのは見たことないけど、たまに分かり易くベジタリアンになるから。あと、コンビニのサラダチキンに対しての信頼がすごい。
「あの、お聞きしてもいいですか?」
おそるおそる顔色を伺いながら、というか感じの千賀だけど、今ならイケる!と思ったに違いない。
実際今日の俺はわりと機嫌が良いので、なに?と返して、質問を促した。
「社長とは、ずっとお付き合いしていたわけではないんですか?」
「ないよ」
「でも、明らかにお二人は想い合っているというか、真実の愛です、相思相愛です」
「ふは、なにそれ」
いつになく女の子らしい思考回路の千賀に、俺は思わず笑ってしまった。俺の最も近しい女はちょっと常軌を逸脱した変人だから、千賀のような普通な女の子の考えることが俺にとって珍しいものだ。
「でも、政略結婚なんですよね」
「うん、宇田が絶対に政略結婚って決めてるからね」
「どうして、恋愛関係になってはいけない掟でもあるんですか?」
そんなのないよ、と答える。
俺もそこはすごく悩んだ。悩んだけど、もう、悩むのはやめた。
「あいつは誰よりも思慮深くて、めちゃくちゃ直感的だからね」
だって、宇田の進む道で、間違っていたことなんて一度もないから。
たとえ、この結婚で、俺への恋愛感情が1ミリも無いという結末だとしても、宇田が選択した結婚なら、もう何も言うべきことは無い。