振り返って、接吻

「でも、私はすぐとなりで副社長を見ているので、本当に宇田社長を愛しているんだなと感じます」

「ふふ、俺が?」

「運命の相手っているんですね、私も早く出会いたいです」


うんめいのあいて、か。千賀の言葉を自分で繰り返してみる。

どうして、みんな、この感覚が愛だな!ってわかるのだろう。愛の形なんて人それぞれだと思うし、その表現方法なんてさらに人それぞれだ。もし、俺が宇田に向ける感覚の全てが愛なのだとしたら、愛はぜんぜん綺麗なものでも尊いものでもない。

物心ついたときからすぐに宇田に愛を捧げ続けているとしたら、俺の中の愛はそろそろ枯渇してもいいはずだし。

恋にも鮮度がある。時間をおいたそれを熟成と呼ぶなら愛、発酵と呼ぶなら情、———腐敗と呼ぶなら、もう潔く捨てるべき。


「千賀の運命の相手は、どんなひとだと思う?」


俺と宇田は共通点が多い。それどころか、ほぼ同じ人生を歩いているようなものだ。でも、そういうのがなければ、運命の相手ってどうやって見つかるのだろう、と思ってしまった。

千賀は俺からの質問にちょっと悩んだ素振りを見せたけど、恥ずかしそうに言った。


「それこそ、もしかしたら副社長がわたしの運命の相手かもって思っていたんですよ」

「俺?」

「冷たい場所から、口説き落として、この会社に入れてくれたんですもん」


たしかに以前千賀が秘書として勤めていたのは、売り上げだけを重視した大手企業だった。
千賀の魅力を顔だけみたいに扱う会社で、これほどに優秀な彼女にお茶出しだけやらせていたのだ。お茶出しで良い給料が貰えるなら、そっちの方がいいって感じる人も多いだろうけど、千賀は違う。


「お金と権力ばっかりの会社から、わたしを救い出してくれた王子様みたいでした」


そんな寝ぼけたことを言うから、俺はまた笑った。


「そうしたら、宇田も運命の相手じゃん」

「そ、そういうのは違うんです!副社長しか見えなくなるのが恋なんです!」

「ふは、オマエって馬鹿なんだね」

「ひどい!話し損でした!」


ほんのり頰を赤らめたうるさい目の前の秘書は、仕事のデキるいい女ではなかった。でも、間違いなく、俺のいちばんの秘書だった。


「悪いけど、俺は千賀の運命の相手じゃないよ」

「もう分かってますよ、それに副社長はわたしの手には負えません」


黒髪を耳にかけて深呼吸した彼女は、ちょっと我に返って、「それに、」と。


「副社長みたいに魅力的なひとが旦那さんになったら心配です」


と、考え込んで言った。 

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