振り返って、接吻
はしゃぐ女性陣を眺めながら、俺と茅根は隣に並んで顔も合わせずに会話する。茅根が俺に適当な口の利き方をするときは、いわゆる私語だ。
「ある日ね、お酒のみながら社長の恋愛相談を受けていたんだよね」
茅根は笑いを含んだ声で、話してくれた。俺は相槌も打たずにそれを聞く。
「ふつうの居酒屋さんで、同級生として話したの」
「宇田と?」
「そう、社長言ってたよ、このままだと、由鶴を一生束縛して独占しちゃいそうで、たまに怖くなるって」
ちがう、宇田を縛りつけているのは俺のほうだ。もっと自由になるべき天使の羽根を、何も知らない顔をして折ってしまった。
だけど、だって、どうしようもない。俺は、宇田がいないと生きていけないんだから。
「それに、茅根はどう答えたの?」
「自ら進んで両腕差し出してるんですから、縛ってあげないと可哀想ですよって言った」
「俺ってオマエからはそんなマゾに見えてるの?」
「宇田社長に対しては生粋のマゾでしょ、どんな痛みもオマエから与えられるなら幸福ですってかんじ」
俺は呆れたように目玉をぐるんと回してみせたけど、正直見当はずれとは言い難い。かもしれない。
「まあ、それでさ、そのとき宇田社長がお酒に酔いすぎて、家まで送ったってわけ」
「宇田を運ぶときに楽な格好をしようとして、ネクタイ外したってこと?」
「そういうこと、俺に上司とロマンスはないから安心して」
茅根との会話はすごく楽だ。端的でありながら、ちょっとジョークを混ぜてくれる。この会話術、というか処世術みたいなものは、彼の天性の素質が8割と、その道のプロみたいな宇田の影響が2割だと思う。