振り返って、接吻

中等部になると、〝無表情で無口なだけ〟の美少年は、女の子たちに〝クールで大人っぽい〟という印象を与えるようになった。

由鶴の人生イージーモードなところは、女の子からの異常に高い評価だと思う。何をしても、どんなに根暗でも、あの顔立ちと彼特有の色香で、世の人間すべてを虜にしてきた。

そんな熱烈な支持をさらりと鮮やかにかわしながら、わたしのことしか見えていない由鶴。それは、思春期のわたしの独占欲と庇護欲を刺激するには十分だった。



超名門私立校なんて言ってもしょせん男子中学生。放課後は部活をして、大きな声ではしゃいで、たまに先生に怒られたりする。そんな男の子たちのなかで、儚げな美少年の由鶴は圧倒的に目を惹く存在だった。

楽器の演奏が得意だった由鶴は指を怪我するといけないからと言って、体育会の部活には所属しなかった。球技は好きだけど日差しが嫌いだからバスケやりたいな、と彼が思っていたのをわたしは知っている。


おそらく由鶴の親は、由鶴が「バスケ部に入りたい」と言えば承諾したと思う。でも、由鶴は言わなかったし、由鶴の親も自ら勧めることはしなかった。


彼の奏でるピアノの音色は、歴史ある深月財閥を示すのにかなり重要な役割を担っていた。深月が開くパーティーでの由鶴の演奏はちょっとした名物だったし、彼がピアノを弾く姿は誰もが見惚れる美しさだった。

由鶴は、自分の価値を知っている。興味がないくせに、冷静に自分を客観視している子どもだった。

それに、わたしが反対した。完全にわたしの勝手な意思で、由鶴がみんなと同じように運動部に所属するのを許可しなかった。汗をかいて努力する由鶴なんて誰が見たいと思うのか。しかも団体競技だなんて、由鶴が他の男子に染まって薄められたら困る。


何より、女子のわたしが入らない世界に、由鶴を入れたくなかった。部活の仲間なんて作ってほしくない。わたしの知らない時間、他の人たちと過ごした思い出なんて作ってほしくない。

わたしのいないところで、楽しまないでほしい。わたしといるときしか笑わなくていい。思春期の少女特有の凶器は、きちんと研いであった。


そうして、わたしは由鶴が見るはずの世界を狭めることに成功した。彼の世界はわたしが中心で、わたしの他には何も要らない。
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