振り返って、接吻
ふたり同時に出社した俺たちに、茅根は「ほんと仲良しですねえ」と柔らかく笑った。何を考えてるのかわからん奴め。
相変わらず宇田は茅根には心を許しているから、きゃっきゃとハイタッチなんかをしていた。毎朝こんな感じらしい。気持ち悪すぎ。見たくもない。目が腐る。
俺は千賀とハイタッチする機会なんて、今のところあるわけない。まず千賀に不必要に触れたくないし。それは千賀が嫌いだからとかってわけじゃなくて、普通に人に触れるのが嫌なだけ。いや、だって、どうよ?朝からハイタッチしてる俺。
千賀のことは、よくできる秘書として接している。それ以上でもそれ以下でも無い。
間違っても、家にあげたりすることなんてない。
それから、邪念を振り払うように仕事をすれば、時間はあっという間に過ぎ去った。やらなきゃいけないことは尽きないが、それも経営側にとっては有難いことだ。
こうやって寿命を削るような毎日を繰り返している。延命の単位は1日。
そろそろ帰宅しようと思い、近くで資料の整理をする千賀に「ちょっと早いけど、片付いたから帰るね」と声をかけた。午後7時をまわったところだ。
彼女は短い黒髪を揺らして「かしこまりました、お疲れ様です」と短く答える。やや冷たい印象を与える美人の彼女は、宇田が選んだだけあって俺の秘書って感じがするし、そんな宇田とは真逆みたいだ。
数時間ぶりにプライベートのスマートフォンを確認すると、宇田から『ハニー、きょうもお仕事おつかれさま♡』という吐き気がこみ上げるような内容が受信されていた。これ、たぶんだけど削除しないと呪われるやつだ。慌てて削除する。