振り返って、接吻
「あんなに酷いこと言われても、由鶴はわたしのこと嫌いにならないの?」
ようやく口を開いたわたしの問いかけに、生徒会室の扉の前で体育座りになった由鶴は顔を上げた。
どんな姿も絵になる美少年だけど、学生服で体育座りしていると、なんだか、年相応ってかんじがする。
浮世離れした雰囲気も今は薄れて、顔全体に感情が乗っている。お人形のゆづるちゃんがこんなに表情を見せてくれるのは希少な機会だ。
それから長い睫毛を伏せるようにして、「あのね、」、彼はわざとらしく深い溜息をついた。
「嫌いになりたくてもなれないから困ってるの」
道のりは違うけど、奇遇にもわたしと同じ気持ちだったらしい。嫌いになれたら楽なのに、くるしいほうしか選べない。そのことに嘲笑がこぼれる。
そして、緊迫していた空気が解けてくると、誰にも吐き出せなかった見栄っ張りな私の柔らかな弱みが、するすると口からあふれてきた。
「わたし、由鶴に嫉妬した」
「うん」
「ひどいこと言ってごめんね、八つ当たりだった」
「いいよ、気にしてない」
「でも、由鶴も無神経なところあると思う」
「そうだね、ごめん」
「それにわたし、由鶴のこと好きじゃないと思う」
「そのこころは?」
由鶴のところまで歩み寄って、わたしも同じ視線の高さになるようにしゃがみこむ。
わたしの言葉の続きを促すように真っ直ぐに黒い瞳を向けてくる彼は、いつだって主人公で、気に障る。
「なんていうか、由鶴には、わたしよりも少しだけ不幸であってほしいから」
わたしはいつもよりゆっくりとした口調で、言い聞かせるように言葉を選んだ。
愛情であっても友情であっても、本当に好きな相手だとしたら幸せを願うものだと思う。
わたしだって、大切な幼馴染に不幸になってほしいわけではないけれど、わたしよりも幸せになったら嫌だ。由鶴がわたしよりも少しだけ下の位置にいると、ひどく安心する。
わたしのせいで傷ついた由鶴がすきだ。それをわたしが慰めたい。