振り返って、接吻
宇田は、たぶん宇宙人だ。
こんなに長いこと同じような時間を過ごしているのに、俺はいまだに彼女について知らないことや理解できないことがある。たくさん、ある。
だから、もし、俺が物理学者になったら、宇田の研究をするだろう。
彼女の生活習慣から法則性を見つけ出して、過去の事例から今後の行動パターンを数字から読み解いたりしてみる。顕微鏡か何かで彼女の身体の中を見たり、解剖したりするのもいいかも。
でも、俺は物理学者ではなく、化粧品会社の副社長だから、そんなことできないし、やっている場合でもない。化粧品は理系な研究者のおかげで作られるけど、ご存知の通り俺は経営者だ。それに、どちらかといえば文系だし。意外でしょ。
結局、何が言いたいのかというと。
「俺って、宇田についてよく知らないことばっかり」
それがちょっとだけ、さみしい。俺って仕事と宇田を除いたら中身が空っぽの底が浅い人間だから、宇田みたいに奥が深い人間のことは理解するのが難しい。
俺は感情表現が下手とか以前に、感情の起伏が緩やかだ。宇田に出会ってなければ、感情のないアンドロイドみたいな人間だった可能性もある。
そんな俺に、目の前でコーヒーを飲む宇田は言う。
「わたしにとって、世界でイチバンの理解者がそれを言う?」
全感情を幼馴染に握られた俺は、こんなひとことですぐに幸せになる。簡単な男だと我ながら呆れるけど。
「茅根よりも?」
「茅根もよく理解してくれてるけど、由鶴とはまた別だよ」
「別なの?」
「そう、特別だよ、夫婦だもん」
「、だね」
「いま、ちょっと照れたでしょー」
なんとも言えない多幸感に包まれて、大事な何かがふわふわと霞んでいくようだ。