振り返って、接吻
公的な宇田は完全に見えているのに、私的な宇田についてはもやがかかって、よく見えない。だから、凡人の俺は不安になる。いつか、俺の前から宇田が消えてしまうんじゃないかって。月かどこかに帰っちゃうかも。
そんな考えを見透かすように、彼女は俺の今いちばんの疑問に触れた。
「わたしが政略結婚にこだわる理由は、離婚するのが難しいからだよ」
政略結婚。
たしかに、政略結婚での離縁は、親たちまで関わってくるからかなり難しい。親が関わるというのはつまり、宇田グループや深月財閥に関わる人すべてに影響するということだ。
だから、離婚率はめちゃくちゃ低くなると思うし、それはけっこう嬉しい事実。だけど。
「どうして、俺ら離婚する可能性があるの?」
そもそも、俺は宇田と結婚できるのは、まあ、嬉しい。色々言ってるけど、正直、念願悲願のアレだ。
ずっと前から宇田が俺と結婚したがっていたとか自惚れるつもりはないけど、結婚するからには俺と骨を埋める覚悟だと思っていた。
そんな、子供みたいに拗ねてばっかりの俺に、宇田はちょっと大人びた感じで俺を見た。ほら、このひと、今日をもってして俺よりも年上になったから。
「わたしは、由鶴の恋愛、っていうか人生そのものを縛り付けてる自覚があるもん」
「なにそれ」
「由鶴はわたしのせいで人生を狂わされてるでしょ」
「そんなこと、」
「あるよ」
否定する俺を遮って、宇田は困ったように笑った。
その顔されるとなにも言えなくなるから、ずるい。だって、分かってやってるだろ。
「由鶴は、わたしに嫌われたくないってだけで、無意識に我慢する癖がついてる」
宇田は相手の目を見て話すひとだ。その話し方は、なんだか諭されるようで、俺はまんまと誘導されてしまいそうになる。