振り返って、接吻

正直、学生時代から、自分の容姿が異常に好まれるということは自覚していた。こんな愛想のない男に惹かれるのは理解できないけど。



「学生のときは、中学からずっとファンクラブとかあったよねえ」

「知らない」

「わたし、いっぱい情報提供してあげるから、会長になれたよ」


宇田のしょうもないカミングアウトを聞いて、俺はゴホッとむせてしまった。良かった、こんな姿を茅根に見られたら一生笑われる。


なんとか冷静を装って、返事する。



「それは初耳だね」

「由鶴のレア写真とか見せてあげたし、由鶴の癖とか教えてあげたらあっさり会長になれたよ」

「俺を売るな、あと、俺の癖って何」

「まあ、それは教えられないけど」


いや、教えろよ。そう言葉を返そうとしたのに、ずっと頭の裏側を支配していた独り言が先にこぼれてしまった。



「俺、好かれてたんだ」



すごい迷惑なんだけど、と慌てて誤魔化しを付け足す前に、「好きじゃなかったらこんないっしょにいないでしょ」と真っ当なことを言われて、先手を打たれた。

この女は、その甘美な言葉の効力を知らない。無表情の俺をどれだけ動揺させているのか知らない。

あるいは、知ったうえで知らないふりをしているのだろう。そういう、危ういくせに絶対的な距離感を保ってきた。

だから、それでいい。

だって、同じだけいっしょにいる俺も、つまりはそういうことなのだ。
絶対、口には出さないけど。



だけど、心の奥底では、深い場所に閉じ込めた記憶がゆっくりと色を見せてくる。

———あの頃のオマエは、俺のこと、嫌いだったくせに。

< 19 / 207 >

この作品をシェア

pagetop