振り返って、接吻
だから俺は、声に出すことはしなかった。
「正直いうと、苦しいの」
かわりに、ぽつんと小さく言った宇田に、「うん?」と聞き返してしまう。
「みんなが、わたしよりもゆづのほうが優れてることに気付いてる」
「そんなわけないだろ、オマエの方がずっと、」
「そう思ってるのは由鶴だけだよ!」
珍しく強い口調の宇田に、俺は「ごめん、」と謝った。宇田もすぐに「いや、ごめん、わたしが悪いね」と返した。これが噂に聞くマリッジブルーなのかな。
「仮にまわりがそう思ってたって別にいいだろ、うちの社員はオマエに憧れているし、俺や茅根もオマエを尊敬してるんだから」
俺はあまり周囲の意見を重視していないから、そういう彼女の気持ちは分かんない。俺は宇田の意見次第だけど、宇田は違うんだなーとか思っちゃう。
「そういうところ、ムカつく」
宇田はちょっとだけ上目遣いにこちらを睨んで、唇を尖らせた。ふざけたポーズをとってるけど、わりとマジでキレそうになってるのを察して、やばい、地雷踏んだなと思った。
「そりゃあ、わたしみたいな凡人は、まわりの意見も気になるよ」
俺は宇田が凡人だなんて思ったことがない。
うちの商品のパッケージは宇田がデザインしている。それくらい彼女には美的センスがあるし、当然ながら経営者としてのセンスも抜群だ。料理もコミュニケーションも、あらゆる方面にセンスがある。
そして、そこには〝普通の女の子としての感覚〟が同居している。これがうちの商品の売れ行きに直結している、彼女の絶妙にアンバランスな感性だ。
宇田はいつもアンバランス。意外と情緒は不安定だし。
「みんながみんな、由鶴みたいに求めなくても高い評価を受けるわけじゃないんだから」
そんなの、違う。俺は、目に見えて評価しやすいものが得意なだけだ。面白みのある人間性とか共感を得られる感覚とかは持っていない。