振り返って、接吻
俺は、「それさあ、」と少しだけ気怠げな色を乗せた声で言った。
「一生、俺のそばにいる覚悟で言ってる?」
すると嬉しそうに笑った幼馴染は、妻の顔をして幸せそうに笑った。
「わたし、由鶴のことほんとうに好き」
「ふうん?」
「もしゆづが仕事できなくても、綺麗な見た目じゃなくても、お金がなくても、なんでもいい、わたしと出会ってくれるだけでいいの」
「うん」
「わたしと出会ってくれたら、由鶴にとっての最低限の生活と最高の幸せを約束する」
「最低限の生活に何が必要か知ってるの?」
「うん、知ってる」
幸いなことに俺らは、最低限の生活とは無縁だ。豪遊してるつもりはないけど、値段を見て物を選ぶこともない。だけど宇田は、最低限の生活に必要なものを知っているらしい。
「だから、わたしを信じてついてきてほしい」
他のお客さんを考慮してあまり大きくないものの、凛としたよく通る声で、宇田は言った。
宇田はいつだって先頭を歩く人間だ。鋭い感覚と回転が速い頭で的確な選択をする。
それから、たまに俺のほうを振り返って、安心したように笑う。
そういう宇田が、いちばん好きだ。
そもそも俺が心底惚れてしまったのは、引っ込み思案だった俺の手を引いて、前を歩いてくれた幼い宇田だ。
「ぜんぶ信じてるよ、俺の奥さん」
仕事で使うような緩い笑みを浮かべて言葉を吐くと、彼女は楽しそうにけらけらと笑った。俺もつられて、口元を押さえて小さく笑った。
いろいろ思うことはある。それでも、宇田といるとやっぱり楽しくて、宇田がいないと楽しくない。結局その単純なことが全ての答えなのかもしれない、と思った。
「ところで、俺の最低限の生活に必要なものってなに?」
「着る服、食べるもの、住む場所、それと、」
「それと?」
「ふふ、わたしでしょ?」
まあ、その通りかも。俺は無言で目を細めた。