振り返って、接吻
———夜景の見える高級レストランと、うちでふたりで作る晩ごはん、どっちが良い?
宇田は即答して、「由鶴んち!高い肉買って食べよ!」と笑った。
俺はどうせ使わないだろうと思いつつも念のために入れておいたレストランの予約をこっそりキャンセルして、精肉店に向かった。
俺は宇田を後部座席に乗せて運転するのが、嫌いなわけじゃない。まあ、朝から起こされるときはタクシー使えよと思うけど、少なくとも夜はけっこう好きだ。
宇田の雑談をBGMにして、俺はわざと遠回りしてみたりする。彼女は気付いているのかいないのか、何も言ってこないから。
このまま攫ってどこか遠くへ逃げたりしても、なんの指摘もせずに、昨日みたテレビの話をするのかもしれない。
精肉店では、ステーキ用のすごい肉を買った。すごい分厚いし、ほんとに美味しそう。俺はあんまり食事に興味がないけど、この肉が良いやつだっていうのは分かる。
誕生日プレゼントの中には高そうな赤ワインも入っていたから、肉と合わせてそれを飲むことにした。ラッキー。
それから毎年恒例のアイスケーキをホールで買った。これから1週間くらい食べ続けることになる。うちの冷凍庫を占領する、ファンシーなやつめ。
初めての結婚記念日であると同時に、今日は宇田の29回目の誕生日だ。やっぱり俺にとっては、後者の方が存在が大きい。
「由鶴さん、今日の素敵なステーキは、わさび醤油でいきましょう!」
「それも良いけど、色々試そうよ。プレゼントの中にトリュフ塩あったし」
「あったね!塩の詰め合わせみたいなやつ!じゃあ、色んな味やろっか」
「いいね、楽しそう」
なんだか、くすぐったいけど、幸せな家庭を築いていける気がした。
それから、うちに帰ってきてステーキを食べた。宇田の話を適当に聞きながら食べるステーキは、なんだか本当に素敵な幸せの味がした。
ひとくちサイズに焼いてくれたから、それぞれ色んな味を試してみた。お肉自体がめちゃくちゃ美味いし楽しかったけど、けっきょく宇田の提案のわさび醤油がいちばん美味しいと思った。
俺はまた、宇田に従おうと決めたことが1つ増えた。