振り返って、接吻

宇田のリクエストによるアロマキャンドルの明かりだけが優しく灯されている。オレンジに染まったノーメイクな宇田の顔は、放課後の生徒会室を彷彿させる。

どんな思い出にも宇田がいる。嫌な記憶も、楽しかったあの時も。宇田がいないと、俺には何にも残らない。



「オマエ、明日ここに引っ越してきなよ」


そう言った俺に、宇田は嬉しそうに目を輝かせた。分かりやすくて可愛い。もしこれが、演技だったとしても可愛い。

そっと宇田の頭の下から手を抜き出して、握りしめていた冷たい金属の輪を薬指にはめた。静かで、あっさりとした儀式。



「改めて、今日からよろしくね、奥さん」



ゆっくりと仰向けになるように倒してキスをすると、彼女は従順に目を閉じた。

自然に俺が宇田に跨るような体制になって、もういちど深く口づけを落とす。丹念なスキンケアによる滑らかな肌と柔らかい唇は、29歳のくせに清廉さを感じる。

宇田は策略家で腹黒いと思うけど、純真さを失わない。

俺に教えられた通りのタイミングで呼吸をして、俺に教えられた通りに舌を動かす。それによってまんまと庇護欲と独占欲、それから優越感が煽られてしまった。

興奮してきたけどあまり熱を込めても良くないと思って、慌てて顔を離す。慌てているけど、ゆったりとした動作を心がける俺は、どうにも見栄っ張りだ。

俺の下で彼女は、心地好さそうに目を閉じたまま言った。


「わたしのキスは、由鶴のためにあるよ」

「、」

「この生涯で由鶴としかキスしたことないまま結婚しちゃったんだもん、もう由鶴のためと言っても過言ではないでしょ」


ああ、降参だ。
こんなどうしようもない女に、俺は敵うはずもない。

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