振り返って、接吻
そうするとちょうど良いタイミングで、茅根の「失礼しまーす」と間の抜けた声が入ってきた。これが図られたものなのかわからないけど、俺は茅根以上に空気を読む人間を知らない。
お盆に3つの湯飲み茶碗と、宇田が気に入っている和柄ブランドの急須を乗せている。この秘書は、もちろんしっかり自分もお茶を楽しむつもりらしい。
「ハニー、おまたせ」
「待ってない」
俺と宇田の間にある、接客用ローテーブルに純和風なそれらを並べてゆく茅根。この部屋にも、彼自身にも和風なそれらはあまり似合わない。
それから、いちおう上司である俺を安く揶揄うな。俺は宇田のハニーでもないが、茅根のハニーになるつもりもない。この和菓子、毒入りじゃないかな。
「ハニー、お菓子、はやくはやく」
和菓子が大好きな宇田に急かされて、俺はわざとゆるい動作で貰い物の羊羹を袋から出した。
濃厚そうな色をした長方形の羊羹を3つに切り分ける茅根は、わざとひとつだけ大きくして「あ、なんか切り方間違えたなあ」と笑った。
「わたしその大きいのがいい!」
「社長命令なら仕方ないですねえ」
「茅根だいすきだー」
当然のように宇田の隣に腰掛けた茅根にすこしだけ覚えた嫉妬を、こほん、咳払いして逃す。こんなことで苛々していては、こいつらと仕事なんてやってられない。
俺の向かい側に座る宇田と茅根は、ほんとうに仲が良くて常に楽しそうだ。昔から、夕暮れの生徒会室から変わらない光景。