振り返って、接吻
俺たち3人は、名門私立大学の付属である幼稚舎からの付き合いだ。生まれつき裕福で、境遇も近いとことがある。
宇田グループ総帥の愛娘である宇田凛子、深月財閥の次男である深月由鶴、それから華道の名家である茅根家の息子である茅根咲。
茅根とは幼稚舎で出会ったけど、宇田とは生まれる前からの付き合いと言っても差し支えない幼馴染。
宇田の家と俺の家は、まあ、大枠で言うならライバル関係にあるしれないが、生まれながらに家族ぐるみの付き合いであり、あまりそのことを意識したことはない。むしろ協力関係にあるくらいだ。
そんな日本屈指といっても過言ではない2つの家柄から、同い年の子供同士が好き勝手に手を組んで立ち上げたのがこの化粧品会社だ。
当然ながらその話題性は抜群で、起業した当時から話題を呼んでいた。いつだって付き纏う実家の大きさをまだ超えることはできないけど、それでも、自分たちの手で育ててきた会社。
俺は結局のところ仕事が好きだし、何よりこの会社が好きだ。きらきらとパワーを放って働く若手たちを見るのも好きだし、たまに彼らのミスで三日三晩の仕事漬けがあったりするけど、それも許してしまう。
それに、社長椅子に腰掛けて、優雅に微笑む宇田を見るのも嫌いじゃないのだ。
「あ、茅根も聞いてよ、きょうね、わたし女の子たちと社食ランチしたんだけどさ、」
楽しげに話す宇田の声に、現実に引き戻されて、目の前の自分のぶんの羊羹をぼんやりと眺める。だって俺はこの話、さっきも聞いた。
きゃっきゃと俺のときよりも詳しく語る彼女に、茅根は聞き流すように、それでも丁寧に相槌を打っていた。この男が魅力的なのは、天性だなあと感じた。ひとくち含んだ緑茶は、妙に苦かった。
「へえ、俺もいよいよ副社長と互角に並ぶようになったかあ」
「でもさ、たしかに由鶴と茅根って対称的だよね」
「そうですかね、ちなみに社長はどっち派なんですか?」
羊羹を頬張る宇田に、さりげなく質問を投げかける茅根。それに、ばくばくと心臓が音を立てたのは、この場で俺だけだったらしい。
宇田本人は、悩むそぶりを見せながらも、もぐもぐと羊羹を咀嚼している。さすが宇宙人。
「やっぱり副社長派かなあ」
「えー残念ですねえ」
ちっとも残念そうには見えない余裕のある表情で、お茶を飲む茅根。わざとらしくこっちを見るな。ヨカッタネ、じゃねえよやめろ。
俺は緩む口もとがばれないように、無視を決め込んで再び緑茶で舌を濡らした。羊羹の甘味と緩和されたのか、さっきのような苦味は感じなかった。