振り返って、接吻
せっかくおいしい時間になったのに、決して思い通りには進んでくれないのがこの女。
「でも、彼氏にするとなると話は別かもね」
添えられたひとことにを理解したこころが、悪い位置に動いたのを感じる。
この話の続きを聞いてないふりをして聞かなきゃいけないなら、呼吸をやめてしまおうかと思った。
「ランチのときさ、やっぱり副社長は完璧主義っぽいし、冷たくて近寄り難いけどそこが良いって話してたのね?」
「まあ、間違ってないしねそれ」
「でも、意外と恋人には熱をあげるタイプかもよ〜って話になったのだけどさ、」
敬語を解いて相槌を打つ茅根に、話を続ける宇田。俺は息もうまくできずに、無言で伸びてきた自分の爪を見つめていた。
たぶん、このあと凶器になるほどの言葉は続かない。この程度の苦痛は、もう、何万回も繰り返してきたから、知っている。知っているけど、慣れずに、俺は耳をふさぐこともできずに次を待っていた。
「わたし、由鶴に彼女いたのも見たことあるけど、そのまんまだし、ぜんぜん熱っぽくなかったんだよね」
もし、これが確信犯なら、彼女は凶悪な犯罪者だ。
物わかりの良さそうな賢い女性を選んでいたと思う。心から愛していましたとか言うつもりはないけど、きちんと向き合っていた。
たしかに俺は彼女たちに熱を上げたことはなかったし、完璧主義だし近寄り難いし冷たいと思う。
でもね、宇田。オマエはなんにもわかってないよ。
だって俺、たぶん、好きな人にはとことん尽くすし、平伏して跪いて完全降伏する男だよ。