振り返って、接吻

第3話



社会人という人種になって毎日変わらず会社で働いていると、季節の移ろいに疎くなる。月の変わり目には敏感なのに、数字で表すことのない緩やかな変化にひどく鈍感だ。


きょうは雪が降るらしい。今年は雪が多い年になるそうだ。

お天気お姉さんの言う通りに、俺はカシミアのセーターを着込んで出勤した。たしかに、しんしんと冷たい空気が冬を冷やしている。

そういえば、朝からいちども宇田たちの姿を見ていない。きょうは天候とは裏腹に、穏やかな日となるだろう。


そんなことを考えながら、俺は珍しく社内食堂に足を運んだ。昨日の晩から何も食べていないし、ちゃんとした料理を食べたいと柄にも無い健康的なことを考えてしまったせいだ。

食堂はそれなりに混み合っていて、ちょうどお昼時に訪れたことを後悔した。


生姜焼き定食のお盆を持った俺に、社員たちの控えめな視線が集まってくる。わかるよ、副社長と生姜焼き定食なんて似合わないですねって思ってるんでしょ。ほっとけ。たまには肉も食うよ。

せめて宇田や茅根でもいればな、と思いつつも、彼らがいるとそれはそれで疲労が溜まるのだ。空席に着いて、ひとりで手を合わせ、食べ始める。

俺よりもほとんど若い子しかいないこの会社は、食堂も活気で溢れていて賑やかだ。女の子向けの化粧品会社の副社長を務めながらも、女の子と接することなんてまるでない俺は、つい、こっそり聞き耳を立ててしまう。


だけど、盗み聞きは大抵聞きたくないことを聞いてしまうし、よくない結果しか生み出さない。やめれば良かったと後悔してももう遅い。



「宇田社長と秘書の茅根さんってデキてるのかな」

「それみんな言ってるよねえ」

「めっちゃお似合いだけど!」


なるほど。宇田と茅根が、ねえ。

正直、デキてるわけがない。そんなのはちゃんと分かっているし、自我を見失う程に取り乱したりしない。


でも、噂に立つほど親しい間柄なのは確かだ。そしてこれまで、学生時代に何度も噂になったのはずっと俺のほうだった。

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