振り返って、接吻
それに続いて、玄関のドアを後ろ手で閉める。がちゃり、オートロックの鍵がかかった音が響いた。耳に、残る。
それを気にとめず上着をどんどん脱いでゆく宇田は、外しすぎたボタンのせいで、ブラウスから下着が見えそうだった。まっ白な肌が眩しくて、目を細める。
どうやら暑いらしい。飲み過ぎて火照っているのだろう。
「ねえ、ちょっと無防備すぎるんじゃないの」
「うん?」
控えめな俺の指摘にも、こくりと小首を傾げてかわい子ぶってる宇田は、あつ、とか呟いて上着たちを脱ぎ捨てたままリビングに入っていった。
昼間の偉そうにご立派な態度は何処へやら、ソファに寝転がる無邪気な酔っ払いは、いま、この瞬間、俺だけのものだ。
俺だけの、宇田。どうしてやろうか、この甘美な響きを。
「シャワー浴びたら?酔いも覚めるよ」
奴の脱いだ上着と自分のそれをきちんとハンガーにかけて、声をかける。脳内ではいくらだってぐちゃぐちゃに犯せるけど、現実の俺はあくまで副社長。その理性に賞賛と嘲笑。
「うーん、こっちおいでよ由鶴」
「どんだけ酔ってんの」
「はーやーく」
宇田を無視してカーテンを閉める。窓の外は雪らしき白がちらちらと見えた。この女も雪に打たれて酔いを覚ましてきたほうがいい。それで凍死でもすればいい。
もし、ここで凍死したら、永劫的に俺のものになる?そんなのどうでもいいか、だってどうせ俺もしぬ。
「ゆづ、」
「いかないよ、風呂はいってき、」
一瞬、呼吸を忘れた。
俺がどうしてそっちに行かないのかも、知らないくせに。
「ん、」
気付けば俺は、ソファに横たわる宇田と口づけを交わしていた。
ああ、ちがう。俺が無理やりキスをしていた。
「っはあ、」
宇田とのキスは、甘い酒の味だった。俺までくらくらと酔ってしまう。むしろ、骨まで酔わせてほしい。
熱い吐息を漏らす彼女は、ひどく官能的で。
ふと、我に返って、顔を離した。ふたり、至近距離で目線を絡め合っている。
「ごめん、俺、」
宇田の大きな瞳に写り込む俺は、不安げで、好きでもない男にキスまでされた被害者が心配そうになるのも納得できた。
宇田に謝ったのなんて何年ぶりだろう。仕事のことなら迷わず謝るけど、そこで失敗することもない俺は、社長に頭を下げることもなかった。