振り返って、接吻
そんな俺を、無言で見つめる彼女は、ほとんど酔いも覚めた様子で。
数秒の沈黙の後、宇田は俺のシャツをゆるく握って、上目遣いでお願いしてきた。
「もっと、したくなっちゃった」
ああ、気を遣わせてしまったのかもしれない。お膳立てなロマンス、早く醒めろよ。
続きなんて、俺だってしたいよ、したいけど。
「っ、」
男女ふたり、窓の外は雪、言い訳はアルコール。
十分な条件が揃った夜なのに、良い大人にもなって、ただ、くちびるだけが熱を共有しあっていた。腰を引き寄せる腕さえまわせない。
この先に触れたら、もう、戻れないと知っていた。
自分のなかの熱い血が勢いよく逆流してるみたいな、なんとも不思議な気分。たぶん、俺、いま、興奮してる。
妙に冷静な部分が少しずつ焼き切れるように狭くなっていって、本能の部分が熱くなる。それなのに、まだ、据え膳を食らえる度量が今の俺にはない。
キスだけで、泣きそうなくらいにしんどくて、くるしいくらいに満たされる。
決して大袈裟じゃないはずなのに破壊的に鼓膜を刺激する甘い呼吸音は、俺のくちびるにひどく従順だ。
俺はようやくこの女に対して思ったことに名前をつけた。
かわいい。
俺、いま、宇田のこと、かわいいと思っている。
抱き合うこともなく、指を絡めることさえできず、ただ、重なるくちびるだけが、お互いの温度を知っていた。
ただ、静かに呼吸を奪うようなだけの行為は、言葉もなく、感情を共有することもできず。
—————でも、このとき。俺らの世界は、たしかにふたりきりだった。