振り返って、接吻
着替えて、姿見に映る自分は陰鬱な若い男だ。異性から好まれる容姿だと思っていたが、この淀んだ黒い瞳の男に近寄ってくる女はいないだろう。

事実、俺は女性から敬遠されて生きてきた。かっこいいだの抱かれたいだのと騒がれながらも、俺を前にして親しげに話しかける女は多くない。だから、いわゆるモテる人間ではないと自負している。


それは、教養のある者ばかりが集う環境だけで生きてきたおかげもあるだろうが、間違いなく俺の性質に由来するものだ。


正直、女の扱いが不得手というわけでもなかった。誘いをかわすのも、柔らかく断るのも、機嫌を取るのもできるほうだ。


でも、宇田のことになると、ほんとうにだめ。
俺よりウワテな女なんて、ああ、ほんとうに可愛げがない。



そして、俺はこの先もずっと彼女の部下であるし、彼女よりも上に立つことはなく支え続けるのだろう。


逃げられない過去に自ら縛られたまま、平然と部屋を出た。


テレビは星座占いを早口に映していて、宇田はそれをしっかり見ながらコーヒーを淹れている。彼女は占いを信じるタイプらしい。いや、どうだろう。信じているふりをしているだけ、のような気がする。


「山羊座、12位だったよ」

「へえ」

「なんかわたしが見るとき、いつも山羊座最下位なんだよねえ」

山羊座の俺にとっては、知りたくもない情報だった。占いなんてどうだっていいけど、今日に限っては、まあ、でしょうね。むしろこれで1位だったら、この先どうしたらいいの。

何も答えない俺を気にすることなく、宇田が窓の外に視線を向けて話し出す。


「今日、車で行くのやめようよ。雪が残ってるし、危ない気がする」

「地下鉄?」

「歩き」

「……」



クビを覚悟で、社長をぶん殴ってもいいかな、いいよね。都内とはいえ7駅分を歩いて出勤するらしいんだけど、完全にパワハラだもんね。


なんとか殺意を封じ込めて、俺はひとつ提案をする。


「宇田、ここで仕事しようよ今日」

「珍しいこと言うね?」

「うん、茅根も呼んでいいよ」

「んー、たまには良いかもね」



確か、宇田も俺も今日は特別大きな仕事はないし、雪が積もった東京では、外部から誰かの訪問って可能性も少ないだろう。関東の人間は積雪に慣れていない。


それに、俺らは社長と副社長なのだ。ごく稀に家で仕事をしたって咎める者はいない。


それから、いったん出勤した茅根に俺ら3人分の仕事を持ち帰ってきてもらうよう頼み、千賀には他の社員にもノルマ分を持ち帰って家で仕事をする許可を伝えてもらった。今日はまたさらに雪が降るらしいし。

そうして秘書に連絡し終えたいま、茅根を待ちながら、俺はわざわざさっき着たスーツから緩い服装に着替えた。仕事ばかりしている俺は、私服と呼ばれる類の服をあまり持っていない。

ハイブランドな服なんかはいらないから、黒くて落ち着く服が欲しいな。時間があるとき、適当にネットで買ってしまおう。


私服で会う相手もいないし、休みなんてあってないようなものだ。仕事が恋人なんて言うが、ほんと、束縛が激しい奴で困る。

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