振り返って、接吻
仕事をしていると、時計の進み方が明らかに速くなる。だから今日も、気付いたら13時を回っていた。
何も食べずに働いてしまう俺らを心配して、自分も仕事人間の自覚があるらしい茅根がタイマーをセットしておいたみたいだ。なんて良く出来た男だ、毎度感心する。
宇田がこの男を秘書として選んだのは、こういう気の利くところだろう。納得しながら、暖かいじゃがいものポタージュを飲む。
大雪の積もるなか、外に出るのも面倒だし、出前を取るのも気がひけるので、宇田が即席でパスタとスープを作ってくれた。
冷凍庫にあった魚介類で作ったペスカトーレだが、有頭エビなんて自分で買った記憶ないから、いつか宇田が買っておいたみたいだ。うちの冷凍庫に触れるのはこの上司くらいだから、きっとそう。
「ハニーどう?すすんでる?」
自分で作ったパスタをフォークに巻き付けながら、話しかける宇田。俺はまだハニーって呼ばれるの許してないけど、毎回訂正していてはこちらの生命力がもたないので、会話を続ける。相手は上司相手は上司相手は上司。
「俺はゆっくりでもいいけど、おまえらは定時で帰ってよね、てか今すぐ帰れ」
相変わらず抑揚の無い声、そして宇田との会話では饒舌になってしまうそれに舌打ちしたくなりながらも返すと。
「えーぼく呼び出されたんですけどー」
「ハニーってつんでれさんだからねえ」
「かわいいですねえ」
……だからオマエらと会話するの嫌なんだよ。
ほとんどの大人が硬直する俺の究極に冷やした視線を向けても、けらけらと楽しそうに笑うふたりには、溜息をつくほかない。
「そういえば今週、テレビ撮影きますね」
「俺にカメラ回さないでよね」
「頑張ってくださいよ、うちの社長は副社長と並んだ時がいちばん魅力的になるんですから」
くすくすと笑いながらエスプレッソマシンをセットする茅根に、俺は眉根を寄せてみせる。俺の家のものを随分涼しい顔で使うよね、と思ったけど、このエスプレッソマシンはいつかの誕生日に茅根がくれたものだった。
何度も、誕生日を三人で迎えている。きっと、次の誕生日も。