振り返って、接吻


「明日の忘年会、宇田社長が参加できないので、副社長だけでも参加していただけます、か?」

他人と明確に距離を置く俺にこれを申し立てたのは、相当緊張したと思う。だって、飲み会とか全然好きになれないし、公言こそしていない(はずだ)がおそらく周知の事実で、俺は人嫌いだ。


「俺がいくと、みんなが余計な気を使うんじゃないの」


こういうのは上司がいない方が、特に俺のような話しかけにくく冷たい男副社長はいない方が良いのではないか。そう思って、たずねる。


「いや、社員たちはみんな、副社長に来ていただきたいみたいで、」

「なにそれ、支払いなら俺で領収書切ってもいいけど?」

「そういうことではないです!ほんとうに、みんな、副社長との交流を願っているのだと思います」


ふうん、と無機質な相槌を打てば、俺が機嫌を損ねていないか不安そうにこちらを伺う秘書がいた。


あのね、言っておくけど俺、別に短気とかじゃないからね。いつも不機嫌ではあるけど、滅多に苛立つこともないから。宇田には会うたび苛立つけど、あれはあいつが悪い。

でも、そんな宇田が行けないのならば、俺が行くべきなのかもしれない。そうやって会社全体の交流を思いやるべきなのかもしれない。


珍しくそんな人間味のあることを思った俺は、「明日ね、いいよ」と承諾したわけだ。
これも仕事のうち、と言い聞かせて。


「ありがとうございます、社員たちも喜ぶと思います」

「だといいけど」


せめて茅根だけでも来いよ、連絡しようかな、いや、女々しいと散々からかわれるのが見えているからやめよう。そう考えながら明日の会議の資料へと視線を戻す。



「副社長は、ご自分の人気をもっと自覚すべきです」


いつまで目の前に立っているのだろうと視線を投げれば、ようやく口を開いた千賀がいた。なにを言ってるんだ。

本気で理解が追いつかず、数秒ほど見つめてしまった。すると、くわあっと耳を赤く染める千賀がいて、ああ、可愛いところもあるんだな、人間だなあと思った。
< 39 / 207 >

この作品をシェア

pagetop