振り返って、接吻


「宇田の身体は俺のものになったはずだったと思うのだけど、違う?」

「ゆづ、」


薄く嘲笑を浮かべる俺を、宇田が怯える小動物のように見上げる。庇護欲がそそられて、蓄積させてきた濁った欲情がこみあげてくる。

なんだか、もう、ぜんぶがどうでもよくなった。



「俺のこと嫌いになったの?」

「そ、んなわけないでしょ、」


たぶん、いっそのこと、嫌われたほうがいい。そうして、俺のことを突き放して、もう二度と顔なんか見せなければいい。

そろそろ、崩壊が近いことに気付いていた。俺が気付くのだから、宇田なんてとっくに感じていたはずだ。

オマエは、俺の依存から逃げたほうがいい。
それに俺も、オマエから解放されたほうがいい。


感情はいつになく熱を帯びで沸騰しているはずなのに、いつにも増して冷たい声しか出なかった。


「好きな人でも、できたの?」


なにげなく自分で声に出した言葉が、耳に届くと脳が理解して。
心臓が、悪い音で震えた。
宇田は、俺を嫌いになれない。俺のことを心から拒絶するなんて、起こり得ない。

でも、だれか好きな男ができて。
そいつ以外の男に触れてほしくないと感じるのは、当然有り得ることだった。


そして、その好きな男は、俺じゃない。


「ち、がうよ、ゆず、」


だめだ、頭の中に宇田の声が響かない。

だって、何を言われても嫌いになんかなれないから。

もし、宇田が他の意中の男に抱かれていたとしても、俺は宇田のことしか見えない愚かな男のままだ。


こうやって、何度傷つけられても、俺は宇田のことだけを欲してしまう。
ほんとうに、どうしようもない。不毛な初恋は、朽ちた姿のままで存在し続けていた。



「由鶴、話を聞いてよ」

「俺の手を振り払った理由の男の話でもするの?」

「なに言って、」

「勘弁してよ、オマエから拒絶されて、俺が傷つかないとでも思ってる?」

「ゆづ、」


俺に会話の主導権を握らせた宇田を見るのは久しいことで、なんだか、宇田のハジメテを奪ったあの放課後を思い出させた。



「オマエの事情なんてどうでもいいから、俺にも抱かせてよ」



自分の口から溢れる言葉は冷徹で、きっと表情も無く。指先だけがわずかに震えていた。



———宇田と俺は、ただの幼馴染には、もうなれない。
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