振り返って、接吻
割り切った肉体関係に堕ちることもできず、そのくせ、お互いの内側の熱まで知っている。
恋のような刹那的なときめきも、愛のように永劫的なきらめきも持ち合わせていない。
俺らの関係性を示すのには、どうしたって、言葉足らずだ。
変化していく環境で、成長で、年月で、ふたりという単位だけがすべてだった。
この関係の不健全さを頭では理解していた俺は、ひとつだけ線引きをしてきた。
宇田凛子を、俺の寝室には踏み込ませないこと。
それは、これまでずっと守られてきたその掟が、いとも簡単に破られる瞬間だった。
俺の腕に抱かれて初めて入った寝室には、宇田もさすがに驚いていた。
その表情を見下ろしたまま、少しだけ強くベッドに押し倒す。深い色をした布は、宇田の華奢な身体を柔らかく受け止めるのを知っていた。
ここにいるはずのない彼女が、俺に押し倒されている。現実味がなくて、妙に冷静に見つめてしまう。
Tシャツの裾を捲りあげると、白い肌が映える淡い色の下着が見えて、暴力的に色っぽい。常時ダイエットしているからだは官能的な肉付きとは程遠いが、その少し力を加えたら壊れてしまいそうな華奢なつくりが、加虐性を刺激する。
正直、宇田の容姿の美醜なんて俺にはわからない。腕、脚、腹、どの部分も、宇田という人間の一部というだけで欲しくてたまらないから、正常な判断なんてできない。
その欲求を誘うものが“うつくしい”のだというのなら、俺の世界で“うつくしい”のは宇田だけってことになる。
自分だけのものにしたい。穢したい。染めたい。なんとか平衡感覚を保っていた思考回路が、ちりちりと焼き切れていく。
「俺だけの、オマエでいてよ」
つー。冷たい指先で、宇田の腹をなぞる。それだけの動きにも宇田がぴくんと反応するのを見て、俺はひとりで小さく呟いた。
もとから、俺のものなんかじゃなかったのか。