振り返って、接吻
俺と宇田は、若くして成功を収めたエリート起業家なんて称えられることも多いが、単純に言えば、生まれたときからツイていた。
金と権力を持った状態で起業するというのは、かなりのリードをしている。でも、経営者となった今ならそれがわかるけど、まわりにお金が溢れている生活をしてきた俺らは、当初はきちんと理解できていなかった。
世界は金と権力と嘘と見栄と価値と、そんなふわふわしたもので形成されている。
親同士もある種のライバルとありながらも幼少期からの友人として仲が良い。いや、親戚一同そういった関係だ。
日本随一の英才教育を受けることができる学校に幼稚舎からぶち込まれてるのは、俺らだけでなく、親も祖父母も同じだ。そしてみんな、その狭い学校という世界の中で結婚した。
俺らの同級生も、ほとんどがそう。人格が形成されるおよそ20年間をひどく快適で不自由なその空間に閉じ込められる。温室育ちの俺らは、その世界から出ては生きてゆけない。
でも、俺と宇田は、中等部に入学したときから、この世界を広げる術を考察してきた。このふわふわだけの世界から抜け出すのはきっと無理だ。だからせめて、ふたりで世界を広げていく。
そして、ふたりで起業すると両親に話した宇田が20歳を迎えた誕生日。互いの親を4人集めたので、彼らは「いよいよ結婚かなって話してたのに」と笑った。
面倒臭えな、と無視を決め込んだ俺とは違って、宇田は「そのお話は、また後ほど」と冗談を返した。俺が身に着けるべきだった社交性は、日々、彼女に吸収されているに違いない。
時間帯のせいか、いろんなことを考えてしまう。妙に頭が冴えていた。
さいきん、周囲の人間が結婚式を挙げることが多くなった。いや、数年前からその傾向はあったけど、自分がそれを意識するようになってきたみたいだ。
20代半ばの会社のことで精一杯だった頃は、結婚なんて遠くの話だと思っていた。だけど、そろそろ決める頃なのかもしれない。
俺はこのまま宇田と結婚するのだろうか。
それとも、お互いに他の誰かを選ぶのだろうか。
宇田とは結婚なんてしなくても、どうせ生涯を共にする運命共同体。だったら、他の、邪魔にならない小綺麗な女を見繕ってしまえばいい。