振り返って、接吻
機械越しに向こうの状況が拾える音を探したけれど、茅根のため息しか聞こえない。ふつうに、自宅でひとり起きているのだろうか。そして、ため息を吐きたいのはこちらのほうだ。
「なんでこんな時間なの」
『副社長、お忙しいから深夜しか空いてないかなって』
「お忙しいので、電話に出ることはできません」
『まあまあ、たまには親友同士で話そうぜ!俺らマイメンじゃん、さいきん調子どう?』
「深夜ノリやめて」
わざわざ宇田が眠った時間を突いてきたのでシリアスな会話になるかと想定していたが、茅根は普段と変わらない様子だった。
いや、2オクターブぶんテンションが高くてだるい。掴み所のない男だ。
「で、早く寝たいんだけど」
洗面台の鏡に感情のない自分の顔を映しながら、要件を急かす。毎日顔を合わせている部下とわざわざ長電話なんてしたくない。マイメンではないので。
汗はひいてるものの、情事の名残でどことなく色香を纏う自分は、綺麗というより無機質だ。整っていると称される容姿にはどこかに狂気すら感じる。
『宇田社長、元気?』
「ふつう」
『そっか、それなら問題ないんだけど』
「なにが」
いろんな情報が頭に残って、外に出ていかない。いつだって俺は、宇田のことになると要領が悪い。そのせいで茅根の言いたいことも、うまく噛み砕けない。
『いや、由鶴くんだいじょうぶかなって』
「は?」
『宇田社長、由鶴くんとのことで悩んでいたから』
そして俺はそんな拗らせたふたりを心配してるから、電話しちゃったってわけですよ。そう付け加えられた声からは、ほんとうに案じているのが伝わった。