振り返って、接吻


その声は、なんていうか、学生時代から変わらない茅根咲という柔らかい男のもので。


「宇田と寝ちゃった」

『げ、明日も会うのにそんな話する?』

「聞きたがったのオマエだろ」


無意識に落としてしまった言葉の責任を、へたくそに擦り付けた。電波の先でくすくすと笑っているそれにも、包容力がある。

茅根特有の甘ったるくて毒のある喋り方がなぜか心地よい。俺は、この重たい秘密をだれかと共有したかったのかもしれない。



『むしろ、今までなかったのが不思議だけど』

「理性が鉄なので」

『宇田さん、よく泊ってるんでしょ?』

「寝室には入れないようにしてるの」

『うわ、まじで鉄じゃん。そういえば、こないだ社長から、酔ったふりして由鶴を誘ったけどしっかり撃沈したって聞いたよ』


会話の延長でさらりと爆弾紛いの言葉を落としていく、これは茅根の必殺奥義だ。ていうか、まって?酔ったふりだったの?俺、すっかり信じてたのに。ほんと、宇田ってこわい。
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