振り返って、接吻
第6話
結局、茅根と話した後は上手く眠ることなんてできず、部屋の掃除をしたり仕事を片付けたりして新しい朝がくるのを待った。
いつでもきちんと同じように整頓された部屋が好きだ。昨日と違う部屋になっていると落ち着かない。それはリモコンの位置から気温に至るまで。
ここ最近は忙しくて、家のことを疎かにしていた。年を越す前に元の状態に戻せてよかった。
そして、部屋が綺麗になると同時に、自分の考えすらまともに整理できていないことに気付く。宇田のことになると俺は思考力の低下がひどい。あいつのことはやっぱり嫌いだ。
7時を回ったとき、宇田がぺたぺたと裸足で起きてきた。我が家を裸足で歩くなと何万回言っても改善されない。
俺の舌打ちを無視した宇田は「先に起きてるのめずらしいね」と無邪気に笑った。
きょうはふたりとも休みだ。まあ、夜に催される春の新作のためのパーティーには出席するから、半日休みといったところだろうか。
どうでもいいけど、そういう場に行くと茅根との熱愛疑惑が浮上する。化粧品について詳しい男への偏見かと眉を顰めたが、シンプルに俺らの距離感が怪しまれているらしい。
俺がベッド脇に畳んでおいた部屋着を着た宇田は、ゆらゆらと不安定な歩みでシャワーに向かった。
彼女に背中を向けられると目を逸らしてしまうのは、置いていかれることへの不安からなる悪い癖だ。
人を駄目にするソファというキャッチフレーズのそこからなんとか立ち上がって、冷蔵庫を開けた。朝ごはんを食べよう。ずっと起きていた俺はそれなりに空腹だった。
冷凍庫には軽井沢のパン屋から取り寄せた食パンがあった。これは宇田のお気に入りだ。野菜やチーズ、ツナを使ってホットサンドの準備をした。片付けはあいつにやらせるから問題ない。
やけに発色の良い野菜を切ってゆく。まな板に包丁が触れる音が心地よい。宇田が口にすると思うと、食材にもこだわってしまう。味というより、健康面で。