振り返って、接吻


俺はどうしようもない後悔に押し潰されて、茅根の肩に頭を預けた。自分の両脚で立っていられない。もう、周囲の目とかどうでもいい。

そうだ。そんなの、どうでもよかった。
俺は、宇田のことだけを気にして生きてきた。


宇田の饒舌なスピーチは、いかにも幸福だと知らせてくる。それに感化されえて、まわりは歓喜と祝福の雰囲気に包まれていた。嘘だらけのそれが、さらに俺の呼吸を苦しめる。


「とりあえず、ここを出ましょう」


婚約を発表された相手とは思えないほど青ざめている俺に、茅根は混乱することもなく秘書モードに切り替えた。俺の肩を抱いて、すれ違う人に挨拶をしながらパーティー会場を抜け出した。


俺はいつでも愛想がないから、あまり挨拶を返せなくても相手は何も思わないようだ。婚約おめでとうございます!社長と副社長ってお似合いすぎます!憧れのカップルです!思いやりの言葉たちが、鈍い棘のように全身を刺してくる。


茅根、迷惑かけてごめん。千賀もごめんね、俺ちょっと体調悪いから帰りたい。


あとね、宇田、本当にごめんなさい。俺が我儘を言ったりしたからだよね。



パーティー会場になっているホテルのロビーにある喫茶店。逃げ込んだそこで注文した珈琲を飲みながら、ひとり、昨夜の失言を考えていた。


———だから、俺を置いていかないで。
———俺だけの、オマエでいてよ。


こんなこと言われたら、それは婚約でもするしかないだろう。宇田なら、する。自分の利益が少しでもあるなら、恋や愛にふらついた結婚よりも最も近しい俺との契約のほうが彼女らしい。

俺らの結婚なんて、周りの誰も驚かない。
生涯をかけた償いを、俺だけが知っている。


宇田は、俺のことが嫌いだ。
だけど、俺を決してひとりにしない。


だから、俺が欲しいと望んだら、必ず与えてくれるのだ。



宇田はどこまでも俺に優しい。


その優しさに漬け込んで、ここまでずっと隣を保ってきた。彼女ほどの賢い人間なら、俺の凶器を見透かしているはずなのに、何も気付かぬふりをしてまた甘やかすんだ。
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