振り返って、接吻
その独占欲に嬉しくなって、「オマエの誕生日かな」と答えると、宇田ははしゃぐように同意した。
本当に、宇田と結婚することになるとは思わなかった。
いや、思っていたような気もする。いつかはどうせ宇田と結婚するんだろうなって。
「わたし、いつもハニーに無理させてるよねえ」
後部座席の背もたれに戻って窓の外を眺めはじめた宇田が、そっと問う。夜の景色は流れていく。車内の空気をそのまま運ぶ。
「別に」
当然、気の利いたことなど言えない俺は、深く傷つけないように短い言葉を選んだ。別に、無理なんてしていない。
会社を立ち上げたのも、毎日仕事に追われているのも、オマエを乗せて運転するのも、結婚するのも、ぜんぶ俺が希望したことだ。
宇田が望むことは、すべて、そのまま俺の意思になる。
「いつか女子高生にプロポーズする予定は無かった?」
「まったくないけど、なんなのそれ」
「スーツのハイスペックイケメンが、平凡な女子高生にいきなり言い寄ってくる少女漫画は多いんだよ」
「それは法的に大丈夫なやつ?」
本質の表面を撫でるような、生産性のない会話。
青いイルミネーションに照らされた道路を走る。俺は興味ないけど、窓を開けた宇田は嬉しそうに「冬の醍醐味だねえ!」とはしゃいだ。寒いから閉めろ、と俺は言う。
「わたし、お嬢様だからさあ、」
バックミラー越しに窓を閉めたのを確認していると、そうした俺に視線を合わせた宇田がさっきと変わらない声音で話し出した。
「ゆづるんに甘やかされると、どんどん我儘を言いたくなっちゃうのよね」
「ん?」
「あのね、わたしをいちばんに優先させてくれなきゃ嫌だし、わたし以外のことに興味も持たないでほしいし、わたしから離れたら許さない」
絶妙に冗談と本音を絡ませたそれは、妙に甘美だった。どれだけの形式的な賛辞を浴びても枯渇していた承認欲求が、ゆっくりと満たされていくのを感じる。
たったひとりの、ハートマークが欲しかった。俺の感情は、幼少から成長できていないらしい。