振り返って、接吻
「はやく、わたしだけのものになってよ」
どろりと流し込まれたのは、黒く淀んだ独占欲。清らかな宇田の中には、昔から黒が沈殿していた。
ずっと、こうして気の狂いそうな距離感を保っている。これを依存の沼だと呼ぶのなら、もう抜け出すなんてできないから、一生溺れたままでいい。
「俺は、とっくにオマエだけのものだよ」
あまり重たくならないように、ハンドルを右に切りながら言葉を返す。
これ告げるのは初めてではない。宇田の情緒が不安定になるたびに、何度も声にして伝えてきた。
本音を孕んだそれは、汚い部分を隠してくれる。まるで、そこには自分の意思がないように聞こえてくれる。
宇田を最優先にさせているのも、他に興味がわかないのも、ただそばに居続けるのも、ぜんぶ俺が勝手に望んでしていることだ。宇田のためなんかじゃない。
だって、首輪をつけてくれるなら俺はオマエの犬になってもいい。そのかわり、責任持って、餌を与えて、飼い慣らして、愛してほしい。
俺、いい子にするから。
俺がいい子にしている限り、宇田は俺を捨てないだろう。そのことを知っていたくせに、また俺は宇田から自由を奪った。
宇田が誰かと結婚しても構わないと豪語していた過去の俺は、ただの強がりだと今なら思える。
宇田が誰か他の男と誓いのキスをするのが嫌だとか、子供を産むのが嫌だとか、そういった可愛げのある嫉妬ではない。
俺以外の誰かを、たったひとりの特別な存在として選ぶのが嫌だ。俺ではない男と生涯を誓い合うという、結婚そのものを受け入れられない。
「宇田と結婚するのは、本望だから」
相変わらず温度の無い声に言葉を乗せると、宇田は困ったように笑った。それは高校生の時に見たものと変わらなくて、どうしようもなく切ない。
いつも自信たっぷりで堂々としている宇田凛子が、困ったように笑う、という表情の振り幅に俺は弱い。惑わされる。
そんな優しい宇田は、困った飼い犬のせいで、好きな男と結婚することもできない。
でも、お利口でずる賢い俺は、好きな奴と結婚しなよ、だなんて言うつもりはない。好きな人に幸せになってほしいだなんて、あまりにも綺麗事がすぎる。
かわいそうだけど、諦めろよ。
諦めて、俺のところまで堕ちてくれ。
イルミネーションの光がなくなった細い道だけど、東京の夜はどこもかしこも明るくて眩しい。夜の終わりを知らないのか、知らせないのか、知らないふりがしたいのか。