振り返って、接吻
情事を終えた後特有の、ぬるい空気が部屋に流れている。
勝手に冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを恋人に手渡すと、礼を述べた恋人は、由鶴くんはずるいなあと困ったように笑った。
困ったように笑う、という表情に妙に惹かれる。いわゆる、これが俺の“萌え”なのかもしれない、などとくだらないことを考える。
恋人のことを可愛いだとか愛おしいと感じたことは一度もないけれども、この困ったような笑みは嫌いじゃない。
喫煙者でもあれば、こういうときにゆったりと煙草を吸ってみたりするのかもしれない。酒も煙草も興味のない17歳は、特に余韻もないままシャワーを借りた。
ピロートークなんてもちろん苦手だし、理解力のある恋人も俺にそれを求めない。
シャワーを浴びると自分の汚れた部分がすっきりと洗い流されたような気がした。清潔な状態の深月由鶴だけになる。
欲を吐き出した後に虚無感を覚えるほど大人じゃない。むしろ、年上の恋人のほうがそれを感じていたかもしれない。
「由鶴くん、シャワー浴びてるとき、電話鳴ってたよ?」
そう教えてもらって、スマートフォンを耳に当てながらベランダに出た。通話の相手を確認すると、無意識にも早足になる。
電波の奥にはこちらの状況を一切知られないよう、こほんと咳払いをする。
『もしもし?ごめんねハニー、忙しかった?』
今日は木曜日。放課後はバレエのレッスンがあるはずの宇田。よく聞きなれたメロンソーダ色の声が、電波に乗って耳に届く。
「大丈夫だけど、なに?」
オマエから電話がかかってきて、優先させなかったこと無いだろ。タテマエばかりの挨拶に舌打ちして、要件を促す。
『いやあ、今日バレエの先生が体調不良でお休みだったから、由鶴と遊ぼうかなーとか思ったのよね。もし空いてるなら、今からうちにおいでよ』
ほんの僅か。きっと、俺以外の誰にも気付かれないようなくらい。
宇田の声の端っこが、震えたように感じた。
誘うのに緊張しているのか、あるいは。
「あー、行こうかな」
『やったー!ゲームしよ、ゲーム』
「なんとなくRPGの気分」
『勇者ゆづるんを待ってまーす、気を付けておいで』
ぷつり、わざとこちらから切った通話のせいで、宇田との繋がりが途切れた。もっと話していたかったような、気がする。
でも、そんなの知られたくないし、宇田から電話を切られたらそのあとがもっと寂しいので、俺のほうから切るしかない。単純で、複雑。