振り返って、接吻
他の生徒たちにやんわりと見せつけるように声をかけたり、俺が恋人と過ごしていることを知りながらわざと呼びつけたり。
しかも、宇田の厄介なところは、俺に近寄る女を避けるためとか、俺らの仲を周りに見せつけるためではなく、俺自身を牽制しているところだ。
どこまでの我儘なら俺が黙認してくれるのか、どこまで宇田を優先させてくれるのか、俺を試している。
先日のバレエだって、どうせずる休みだ。脚が痛いふりでもしたに違いない。何をやっても優等生である宇田のずる休みなんて、誰も疑わないから、あいつはたまにそういう狡いことをする。
電話越しの彼女の声が震えていたのは、嘘をついていたからだ。
俺は、とっくに知っている。恋人と過ごしているときに自分が呼んだら来てくれるのか、定期的に試してくること。
それのに、俺はオマエに呼ばれたらいつでもどこへでも行くことさえ、どうして伝わらないのか。
素直な俺は、安心させてあげたい、と思う。いつでもオマエのことがいちばん大事だよ、と言ってあげたいし、それが正しい愛情表現だと思っている。
でも、俺はそれができるほど大人にはなれなくて。安心した宇田は、俺のことなんてどうでもよくなっちゃうかもしれないし。不安があるからこそ、俺を引き止めようとして構ってくるのかもしれないし。
何より、俺の深すぎる愛情を知った宇田は、逃げ出すかもしれないし。
そんな思考をすべて落ち着かせて、廊下に出てきた宇田のクラスメイトに声をかける。
「宇田、いる?」
帰りのHRが終わって少し経ったその教室は、もう半分程度の生徒しか残っていなかった。
「あ、み、深月くん、わ、」
声をかけた女子生徒は、慌てた様子で俺の名前をかろうじて口にした。あの、俺、そんなに怖くないよ。
「うん、で、宇田は?」
無表情の俺に非があるに違いないので、もういちど質問を繰り返すと、彼女の友人らしき別の女子生徒が答えてくれた。
俺は背が高いから見下ろす形になるのがまた悪いのかと思って、少し屈んでみせると、ふたりは耳から首まで赤く染め上げた。
「せ、生徒会室かな?鞄はあるけど、本人はいなくて、」
「は?」
「か、帰ってはいないと思うんだけど、」
なにそれ、教室で待ってる約束なんですけど。
俺は、得体の知れない悪い予感がした。ぞわりと背筋を撫でる寒気、というかなんというか。
「ありがとう、教えてくれて」
早く宇田の無事を確認したくて、お礼がさっぱりしたものになってしまう。
「ううん、役に立たなくてごめんなさい」
「もし宇田さんに会ったら、深月くんが探してたこと伝えておくね」
照れながら話すふたりを見て、良い子たちだな、こういう謙虚さが宇田にも欲しいな、としみじみ思った。
「あ、あの、実は、」
その直後、実はふたりは俺のファンクラブという気味の悪い同盟に所属していることをカミングアウトしてきて、握手を求めてきた。
彼女たちが悪い子だとは思わないから握手はしておいたけど、やっぱり無味無臭な人格者はいないと学んだ。どう考えても、変だろ。