振り返って、接吻
とりあえず、生徒会室に向かってみよう。悪い予感のせいであまり期待できなかったけど、生徒会室にいてくれたらラッキー。というか、ふつうに考えたら生徒会室にいる可能性が高い。
同じ生徒会役員の茅根あたりにだる絡みしてるかもしれない、あのふたりはマジで悪質なコンビだ。俺のストレス、諸悪の根源。。
先週なんて、音色も名前も聞いたことがないような得体の知れない楽器を演奏する宇田と「さすが宇田会長〜!じょうず〜!」とそれをべたべたに褒める茅根の側で、文化祭の予算案を作成した。
そこで俺がキレたとしても、「音楽に癒されなよ」とかなんとか適当な事を言われるだけで、またどこかの民族っぽい打楽器の演奏が続くに違いない。だからなにも言わなかったけど、ああ、ほんとうにストレス。
そんな嫌なことを思い出しながら駆け足で向かった生徒会室の中からは、物音が一切聞こえなかった。
ここにくる途中でかけてみた電話は繋がらないし、不安が煽られる。もう一度かけ直してみるけど、生徒会室内で鳴っている様子もないし、相変わらず電話に出る様子もない。
自慢じゃないが、俺は、足音だけで宇田を見つけられる男だ。しかも、うちの生徒会長はなにかと騒がしいことに定評がある。
だから、宇田がいて生徒会室が無音なんてほぼあり得ないことだ。あいつはひとりでいる時ほど無駄にうるさい。
急いできたせいで熱くなった背筋を、そっと冷気が撫でる。
期待を込めて、そっと生徒会室のドアを開けた。
「ねえ、宇田?いたら返事して?」
吐き気がするほど甘い声で呼んでしまった気がする。迷子の子どもが親を探すような声色だった。
それでも案の定なんの反応も返ってこなくて、不安や落胆が膨らむと同時に、誰にも聞かれていなかったことに少しだけ安堵する。
大丈夫。宇田は護身術だって習っていたし、達人とは言わなくとも、武道は黒帯のはずだ。
大丈夫。口は達者だし、もし心無い言葉をかけられても余裕の笑みを浮かべて言い負かすはずだ。
大丈夫。宇田を傷つけるやつなんて、あとで俺が制裁しておくから。
大丈夫、だから、落ち着いてよ。
俺は、どうしたって、宇田が絡んでくると冷静ではいられない。 明らかに速くなっている鼓動を感じていると、電話が鳴った。