振り返って、接吻
見たところ外傷はない。湿気を含んだ生ぬるい風がポニーテールを揺らしている。抱きしめた身体は、想像よりもずっと華奢で簡単に壊れてしまいそうだった。
宇田の無事を確認し終えて、ようやく視線を合わせる。
すると、意志の強そうに煌めく瞳が俺を見上げて。
「なんにも、されてない」
何も聞いてないのに、そう言った宇田の目からは、いきなりぼろぼろと涙が溢れ出した。そのしずくがあまりにも透明に澄んでいるので、なんだか清らかで尊いものみたいに思われる。
宇田のような女のなみだが、清らかなはずないのにね。
突然の出来事に慌てながら、ポケットからハンカチを出して拭ってやる。俺は、宇田の嗚咽を初めて見たかもしれない、と思った。
こんなみっともない宇田は、めずらしい。彼女らしくない人間味に触れてしまい、俺のほうが申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになる。
「痛いの?」
「っく、だい、じょうぶ、」
「何されたか言って」
「ほんっとに、なにも、っ、されてなくて、」
「じゃあ、どうして泣いてるの」
少し屈んで目線を合わせて、ゆるく頭を撫でてやる。よしよし、オマエはいい子。
すると、なみだで顔をぐちゃぐちゃにした汚い宇田は、眉根を寄せて困ったようにふにゃりとほどけるように笑った。
「安心したから、泣いちゃっただけ」
————その表情に、ひどく心が揺れたのはここだけの話。