振り返って、接吻
由鶴といっしょに帰る約束をしていたが、その前に置き忘れていた水筒を取りに立ち寄った放課後の生徒会室。
こんこん、丁寧なノックが響いた。
ひとりでラジオごっこをしていたわたしの心臓は、どきっと鳴った。びっくりしたからだ。
それから、小さく安堵した。よかった、大声で熱唱はしていないから外まで聞こえていないはずだ。ラジオだから、曲紹介の部分は自分で歌うのだけども、まあ、聞こえていたとしても、かわいい独り言程度だ。
我に返って、よく知っているものとは違うそのノックに「どなたですか?」と室内から声をかけた。少なくとも、これは由鶴のノックと足音ではない。
あまり、良い予感はしていない。
「深月由鶴とお付き合いしている者です」
落ち着いた女性の声が返ってきたので、わたしは深いため息を吐いて、声のほうに向かう。
これから起こる展開に辟易しながら、しぶしぶ生徒会室のドアを開けた。こういったことは、初めてではない。
すぐ廊下に立っていたのは、清楚なワンピースに身を包んだ綺麗な女子大生。品の良い美少年の由鶴と並ぶ姿はさぞかし絵になることだろう、と安易に想像ができた。
由鶴は自分の恋人をわたしに会わせようとはしないけれど、わたしはいつもこっそりと確認しているので、正直に言うとその女子大生を見るのは初めてではない。おっとりと柔らかそうで、なんだかいかにも由鶴が好きそうな女だ。わたしと真逆なのが癪に障る。