神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
…あなたの抱える闇の深さは、よく分かります。

きっと同情すべきものなのでしょう。

「君も見ただろう?…僕の姿を」

「…えぇ」

私はあれを見て、思わず悲鳴をあげてしまった。

あの姿こそ、彼を苦しませる軛(くびき)そのものなのだ。

「僕は誰からも受け入れられない。僕に居場所なんてない。僕が存在して良い場所なんて、何処にもないんだ」

「…そんなことは…」

そう言ってみたものの、彼にとっては気休めにしか聞こえない。

「君だって覚えがあるだろう?…アルデン人である君なら」

「…えぇ、分かりますよ」

異端人種として、大勢の人々から忌み嫌われたアルデン人。

私はそのアルデン人として生まれたせいで、これまで数々の辛酸を嘗めてきた。

誰にも心を許せない。誰一人信用出来ない。

私自身、今のマシュリさんと同じようなことを考えていた。

自分に居場所はない。帰る場所なんてないのだと。

…イーニシュフェルト魔導学院で…アトラスさんに出会うまでは。

今の私は、違う。

確かに私はアルデン人で、今もなお理不尽な差別に苦しむこともある。

普段は優しい同僚に囲まれているから、それほど強く意識する機会はない。
 
でも、民衆の中には、誉れ高き聖魔騎士団魔導部隊の隊長がアルデン人で良いのか、と批難の声を上げている者もいる。

そういう声を、フユリ様やシルナ学院長が抑えてくれているというだけで。

普段あまり意識することがないだけで、自分が忌み嫌われる少数民族であるということは、よく分かっている。

アトラスさんに出会わなかったら、私は今でも…今のマシュリさんのように。

この世に自分の居場所などないと、誰も信用出来なかったでしょうね。

…でも、今なら分かります。

「マシュリさん。世の中というのは、案外捨てたものではありませんよ」

アトラスさんに出会って、シルナ学院長先生や、聖魔騎士団魔導部隊の皆さんに出会って。

数多くの心優しい人々に出会って、私が学んだことだ。

「確かに世の中には、私達のような異端者に心無い方が大勢います」

それは私だって認める。

アルデン人であるが故に、受け入れられず、石を投げられて追い払われたこともある。

誰からも受け入れられない苦しみは、私も身にしみて分かっている。

誰も信じられないし、心を許せない。その気持ちもよく分かる。

だけど…。

「でも、それだけじゃありません。異端者である私達でも、温かく受け入れてくれる人がいるんですよ」

「…」

マシュリさんは、表情一つ変えずに私を見つめていた。

「必ず、そんな人がいます。あなたはまだ、そんな人に出会ってないだけなんです」

「…」

「世界は広いですよ、マシュリさん。たくさんの人がいるんです。あなたを傷つける人は多くても、あなたを受け入れてくれる人だっているんです」

綺麗事かもしれない。

気休めに過ぎないのかもしれない。

でも私は、アトラスさんや学院長先生に出会って、そのことを学んだから。

世界に絶望する前に、一縷の希望を捨ててはならない。

どうせ自分は誰にも愛されない、と全てを諦めてしまうなんて…そんなの、悲し過ぎるじゃないですか。
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