神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
苦しいですよね。誰にも受け入れられないのは。

とても辛くて、孤独で…胸が締め付けられる苦しみですよね。

分かりますよ。私だってそうだったから。

そして、その苦しみを少しでも慰める為に…私をここに連れてきたんですよね。

アルデン人である私なら、ずっと差別され、蔑まれてきた私なら。

今のマシュリさんの気持ちを理解出来るから。

「あなたは孤独ではありません。決して一人ぼっちではないんです」

「…」

「私達と一緒に来てください、マシュリさん」

私はマシュリさんに向かって、そっと手を差し伸べた。

今ここに、私の敬愛する学院長先生がいらっしゃったなら。

彼もきっと、同じことをしたでしょうから。

底無しに優しいあの方なら。

「ルーデュニア聖王国は人種に寛容な国です。何せ…アルデン人の私を、聖魔騎士団魔導部隊の隊長に任命するくらいですから」

「…」

「あなたの居場所も、必ずあります。あなたを受け入れてくれる場所が、必ず」

マシュリさんは差し伸べられた手を、まるで恐ろしいものでも見るかのような目で見ていた。

怖いですよね。そうですよね。

でも、一歩を踏み出す勇気が必要なんです。

その一歩を踏み出せば、あなたは自分を受け入れられるようになる。

私が、かつてそうだったように…。

「大丈夫です、マシュリさん。あなたは生きていても良いんですよ」

もう一人ぼっちで、居場所を求めて彷徨う必要はない。

あなたに居場所がないなら、私達が作りますから。

だから、勇気を出して私の手を取って…、

「…君の考えていることは甘いよ、シュニィ・ルシェリート」

…マシュリさんは、私の手を取らなかった。

代わりに、私を睨むようにして冷たくそう言った。

「僕に居場所がある?一人ぼっちじゃない…?そんな見え透いた気休めはやめてくれ」

「気休めではありません、事実です。私だって…かつては信じられなかったでしょう」

こんな綺麗事、誰に言われようと信じられなかったはず。

でも…今の私は知っている。

世の中には、人の心を救う綺麗事だって存在するのだと。

「信じないと始まらないんですよ。まずは一度、信じないと。そうしたら分かるはずですから」

私がアトラスさんや学院長先生を信じたように。

マシュリさんにも、私を信じて欲しい。

そうすれば、何かが違って見えるはずだから。

「信じてください、マシュリさん」

私は彼に手を差し伸べ続けた。

「必ず受け入れられるようになりますから。…あなた自身も」

「…」

私が、アルデン人であることを恥じないで生きられるようになったのと同じ。

マシュリさんもきっと、異形の自分の姿を恥じないように、生きられるようになるはずだ。

今は無理でも、いつか必ず、きっと。

だから、その為に一歩を踏み出して欲しい。

…しかし。

「だから君は甘いって言ってるんだよ」

やはり、マシュリさんが私の手を取ることはなかった。
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