神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
ルシェリート宅に着くと、子供達の世話係兼家政婦の、エレンという女性が迎えてくれた。

シュニィとアトラスの同僚である旨を説明して、家に上げてもらった。

…すると。

人が訪ねてきた音を聞きつけたのだろう。

小さな足音が、廊下の向こうからパタパタと近づいてきた。
 
「お父様、お母様、お帰りなさ…」

嬉しそうな笑顔を浮かべて、寝間着姿のアイナが姿を現した。

…の、だが。

「あっ…」

「…」

てっきり両親が帰ってきてくれた、と喜んで迎えに来たのに。

やって来たのは冴えないおっさんと、その付き添い二人。

アイナの笑顔が凍りつき、みるみるうちに失望と落胆に変わった。

…すげー罪悪感。めちゃくちゃ申し訳ない。

ごめんな、お父様とお母様じゃなくて。

「あ、アイナちゃん…」

「…」

しょんぼりと俯き、パジャマの裾を両手でぎゅっと握るアイナ。

俺達、悪いこと何もしてないはずなんだが。

物凄い大罪を犯した気分になってきた。

「あ、あのねアイナちゃん。ケーキ、ケーキあるんだよ。ほらっ」

シルナは何とかアイナの機嫌を取ろうと、白いケーキボックスを掲げて見せた。

しかし、世の中の誰もがお前のように、ケーキに釣られて機嫌を直すと思ったら大間違い。

「…うん…」

アイナはちらりとケーキボックスを見ただけで、この反応だった。

そりゃそうだよな。

おっさんとケーキなんかより、早くお父様とお母様に帰ってきて欲しいよな。

「あ、アイナちゃん、あのね。私、アトラス君…君のお父さんとお母さんの知り合いでね」

「…」

「アイナちゃんとレグルス君に会いに来たんだ。一緒にケーキ食べようよ、ねっ」

必死にご機嫌を取ろうと、優しい言葉をかけてるつもりなんだろうが。

…どう見ても、道端で小さい女の子に良からぬことを企んでいる犯罪者にしか見えない。

最低なおっさんだ。

「うわぁぁぁん、羽久が私に失礼なこと考えてる気がする〜っ!」

良いから、その犯罪臭漂う気持ち悪い笑顔をやめろって。

すると。

「大丈夫ですよ。ちょっと、お兄さん達とお喋りしましょうか」

スッと屈んで、アイナと視線を合わせ。

万人を騙す魔性の笑みを浮かべたナジュが、アイナに向かって声をかけた。
 
凄い。

シルナがやると犯罪以外の何者でもないのに、ナジュがやると優しいお兄さんに見える。

世の中って、不条理なんだな。

そして、案の定。

「…うん」

シルナに誘われても無言だったのに、ナジュに誘われると、アイナは素直にこくりと頷いた。

よし、お手柄だぞナジュ。

「やるじゃないか、見直したぞ」

「でしょう?こう見えて、イーニシュフェルト魔導学院のイケメンカリスマ教師ですから」

自称イケメンカリスマ教師は伊達じゃない、ってか?

「…負けた…。負けた気がする…」

と、シルナがぶつぶつ呟いていた。

気がするんじゃなくて、普通に惨敗だったよ、お前。
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